私が多少、語源について興味がありそうだということで、語源にまつわるエピソードを連載で語って欲しいとの依頼を受けた。
もともと知ったかぶりをする「たち」なので、二つ返事とまではいかなくとも、一つ返事くらいでお引き受けすることにした。
さてここですでに、「エピソード」と「たち」という気になる言葉が出てきた。
それはまた後で触れることにして、私が語源に興味を持ったのは、物事の「イデア」(また気になる言葉が出てしまった)を理解すると、それに関連する事柄の共通点を知ったり、あるいは知らない言葉に遭遇した際に、自分が知っている言葉に分解してある程度その意味を類推するという楽しみを知ったからである。また、時代の流れとともにもともとの意味とは違った意味になってしまった言葉もあり、それはそれで言葉の歴史を知る楽しみでもある。
さて、この「イデア」とは、ギリシャ文明のプラトン哲学の中心概念とされるものである。英語のidea(考え、着想)の語源で、もともとは概念といった意味合いのようである。つまり、物事をそれたらしめている根拠となるものということになる。人が犬を見たとき、それを猫ではなく犬と判断するのは、犬には犬のイデアがあり、それは猫のイデアとは明らかに違うからである。
ま、そういった言葉、あるいは概念の連鎖といったものが世界の広がりを感じさせ、すこぶる楽しいのである。
初回は、まず我々の仕事場である医療に関する字として、「医」の旧字である「醫」の成り立ちについて触れてみたい。漢字の字形を分析することを解字というが、「醫」の解字から始めてみる。
「医」は矢をしまい込む箱=うつぼを表し、右上の「殳」部分は、手に木の杖を持つという意味で、この二つで「エイ」と読み、矢を隠す動作(医療のまじないと考えられる)を表し、この下に酒壺に薬草を封じ込め、薬酒とする意味の「酉」がつき、これがもともとの「醫」という字を構成している。が、これでは解字としてあまり面白くないので私の勝手な解釈をご紹介したい。(権威ある研究者ではないので、間違いはご容赦願いたい)
ちなみに、「医」は「醫」の左上1/3の部分を切り取ったものであるが、日本の漢字にはこういった略字は幾つかある。
「1ヶ月」というときの「ケ」は「箇所」の「箇」の冠のひとつ(かなり省略している)を使ったもの、「巾」は「幅」の偏(へん)の部分といった具合である。一部を切り取った略字というものは、もはやそれ自体に意味を持たないものも多い。
さてここで、「医」は主に医療技術を指すとしよう。右上の「殳」は「役」の旁(つくり)から「役に立つ」の意味で奉仕の心を指す。下の「酉」は「酒」の旁から癒しの心を指す。
そうすると、医療は医療技術と奉仕、それに癒しの心があって成り立つものと考えられないだろうか。
とりわけ昨今の歯科では、最新医療、先端医療といったこの中の技術の部分に重きが置かれ、奉仕と癒しといった重要な要素が後回しにされてきた感がある。最近医科から注目されつつある周術期歯科医療、在宅歯科医療では、奉仕と癒しの歯科医療が重要性を増している。
いまは、もう一度医療の原点に立ち戻り、歯科医療の市民権を獲得すべきときではないだろうか。
(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)