モーツァルト その3  -春を待つ音楽-

37.jpg
 年明けから3月中旬頃までの仙台は、蔵王おろしと呼ばれる西よりのからっ風が吹き荒れ、それが時折降る雪を路上でアイスバーンに変え、街全体を荒涼たるベールで覆いつくしてしまいます。
 関東以南出身の学生は、このアイスバーンの坂道で歩き方のコツを覚えるまで、何度となく痛い思いをしたものでした。
 晴れた日でも、ちぎれた雲が太陽の前を足早に去来し、晴れたかと思うと曇り、また晴れ、まるでモーツァルトの転調のような天気の変わりようで、太陽自体が何とも頼りない存在に思えたものでした。
 前書きが長くなりましたが、さてこんな「春は名のみの風の寒さや」といった季節に、ぜひとも聴いてほしいモーツァルトをご紹介します。
 フルート四重奏曲です。
 モーツァルトのフルート四重奏曲は4曲あり、どれも明るい曲想になっていて、先ほどのように春の到来が待ち遠しい時には、フルートが小鳥のさえずりのように聞こえ、あたかも自分ひとりが春を先取りしたかのような、幸せな気分に浸ることが出来ます。
 さて、モーツァルト自身は、フルートという楽器をトランペットとともにある意味嫌っていたようです。
 あの有名なフルート協奏曲の作曲にあたり、手紙の中で、
 「僕は我慢できない楽器のために書かなくてはならない時は、いつもたちまち気分が乗らなくなります」と書いています。
 トランペットは、そのけたたましい音色が気に入らなかったようですが、フルートの場合はこれとは別の理由があったようです。
 今でこそフルートは、銀製で精密なキーのついた楽器ですが、当時は便利なキーなどなく、指で直接穴をふさぐ木製(または陶器製)の楽器でした(現在でもフルートが木管楽器の仲間に入れられるルーツはこの辺にあるようです)。
 そして製造がきちんと規格化されておらず、そのためピッチ(音の高低)が不正確だったことがどうも原因だったようです。
 まあ理由はどうであれさすがはモーツァルト、気に入らない楽器のために書いた曲ですが、4曲ともフルートという楽器のもつ魅力を十分に発揮した、まさに春を待つにふさわしい曲ばかりです。
 個人的には、小鳥のさえずりを連想させる軽快な第一楽章、しっとりとした短調の第二楽章、フルートとヴィオラのカノンを存分に聴かせる第三楽章という構成の、ニ長調K.285が特に気に入っています。
 学生時代に聴き初めたのは、ペーター=ルーカス・グラーフのフルートのもので、LPの表紙に花模様をあしらった陶器製フルートが描かれていたのがとても印象的でした。
 グラーフは、どちらかというと素朴で清楚な演奏をしており、他の楽器とのバランスがうまく保たれていました(室内楽の場合、特にこのバランスが大切なのです)。
 もっと華やかさを求めるなら、ジャン=ピエール・ランパルのフルートをお薦めします。
 また最近、バルトルド・クイケンのフラウト・トラヴェルソ(フルートの前身)の演奏も録音され、古式ゆかしく興味深いものでした。
 梅の蕾がふくらむ頃、ぜひお試しいただけたらと思います。
   (1995年3月群馬県保険医新聞掲載のものに加筆)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です