他責について

2023年5月



 まず、最初にお断りしたいことがあります。
 最近の院内だより「あおば」では、精神的なテーマを取り上げることが多くなりました。理由は、精神状態が健康に及ぼす影響がとても大きいと思われるからです。
 でもこれは、私が精神的な葛藤を克服していて、皆さんに指南しているわけでは決してありません。御多分に漏れず、わたしも常に悩みを抱えて生きている一人です。
 ただ若い頃と違い、年齢をそれなりに重ねてくると、物事の捉え方が深刻になり過ぎず、悩みで生活が振り回されるということも少なくなってきました。人間生きている以上、悩みの一つや二つ、あって当たり前という構えでいます。すると、これまでの経験も踏まえ、「なんとかなるさ」という気持ちになるから不思議です。
 世の中には思い通りにならないことがたくさんあります。それどころか、思い通りになることのほうが稀と言ってもいいでしょう。
 でも、悩むばかりで何もできずに悶々と日々を送るのは、人生においてとても勿体無い時間の過ごし方だと思います。
 私がこれまで悩んだ末、葛藤に対しどう自身の感情をコントロールし、できるだけポジティブな生活を送ろうとしているか---そう捉えていただき、皆さんのストレス解消の一助となれば幸甚です。
 人間は学習する生き物です。
 普段の生活の中で使われる「学習」とは、主に新しい知識の獲得を指しますが、教育学ではそのほか、感情の深化や「よき習慣の形成などの目標に向かって努力を伴って展開される意識的行動」と表現される、やや難しい概念も指します。「」内は、要するに自身の向上のために努力すること、といった意味でしょう。
 ちなみに生物学では、
「生後の反復した経験によって,個々の個体の行動に環境に対して適応した変化が現れる過程。ヒトでは社会的生活に関与するほとんどすべての行動がこれによって習得される。」と定義づけられ、
 また心理学では、
「過去の経験によって行動の仕方がある程度永続的に変容すること。新しい習慣が形成されること。」と説明されています。
 ここでは、「ある行動をとったとき、良い結果が得られれば再度同じ行動をとろうとし、悪い結果であればそれを避けるか、あるいは良い結果に結びつくように行動を変えること」という意味で使いたいと思います。
 人間、生きている限りなんらかのストレスはつきものです。
 あるトラブル、つまりストレスを引き起こす原因=ストレッサーが生じたとします。
 それを自らの行動で解決できれば、達成感も得られ気分としては最高です。が、なかなかそう上手くはいかないものです。
 一方で、ストレッサーを避けるというのも一法ですが、これも不可避なこともあります。
 避けようにも避けられない、でも解決できる可能性は高くはない---こういうケースが頻発するのが人生かもしれません(多分に個人的見解が入っています)。
 そのとき、ストレッサー自体が変わらないのなら、こちらの受け止め方、つまりストレッサーに対しどう思考、対応するかでその後の生活が変わる、いえ、生きることの捉え方が変わるのではないでしょうか。
 あとで思い出すと嫌な経験だったかもしれませんが、その嫌な経験をその後の人生にどう生かすかが肝心ではないでしょうか。嫌な経験を無駄にしない、そういうポジティブな気持ちが重要です。
 嫌な経験、つまりうまく対処できなかった経験から学ぶことはとても大きいものです。うまく対処できなかったとき、それを自分以外の環境のせいにする、これもありがちなことです。
 忙しかったから、天気が悪かったから、お金がなかったから、誰々が協力してくれなかったから---言い出したらキリがありません。
 でも逆にいうと、全ての好条件が揃うことってあるでしょうか。
 何らかしら不利な状況がある---これも人生です。
 その不利な状況を言い訳に自分自身を正当化する、そしてその嫌な経験をなかったことにする---これを「他責」と言い、自分以外のものに責任を転嫁しているという意味です。人間無意識のうちにこういう思考回路に陥りやすいものです。なぜなら、人間嫌なことから回避したいし、嫌なことを忘れたいからです。
 金輪際(こんりんざい)、同じような事態に遭遇しなければいいのですが、残念ながら生きている限り往々にして同じようなことに出くわすものです。
 このとき、最初の時と同じ対処の仕方で切り抜けられればいいのですが、なかなかそうはいきません。それは、嫌な経験を回避したため学習していないからです。
 嫌な経験をまた味わう、それこそさらに嫌な時間の使い方ではないでしょうか。人生の長さには限りがあります。悶々として生きるのも人生ですが、先に言ったようにはっきり言って時間の無駄です。
 できるだけ楽しく、生きている喜びを感じながら生きたいものです。
 学生時代の経験で言えば、テストの成績が芳しくなかった、×がついている箇所は見たくもありません。でも、その×がついていなければ、自分の弱点もわからなかったはずです。自分の得意な部分を伸ばす、いわゆる「伸び代(しろ)」はそう大きくはありませんが、自分の弱点の「伸び代」はかなり大きいはずで、これを克服できれば、成果としてはかなりの収穫が期待できます。
 「若い時の苦労は買ってでもしろ」という諺があります。
 自分の感覚で言えば、買ってまで苦労したいとは思いませんが、避けられない苦労があるのも事実です。でもこれだけは言えます。
 たまたま降りかかった苦労は、対処の仕方で絶対無駄にはなりません。だから、そういった苦労もネガティブに捉えず、なんとかなるだろう、そしてそこから学ぶこともあるはずだといった楽観的な捉え方をしてみてはいかがでしょうか。
 それだけでも、明日からの景色が違って見えるはずです。 それこそが心の健康づくりです。

このページを閉じる

Copyright 2004 Aoba Dental Clinic All Rights Reserved.