歯を長持ちさせるために

2023年3月



 30年程前でしょうか、小中学校の児童の中に歯列不正が目立ち始めた頃、「軟食」つまり軟らかい食事がその原因ではないかと言われるようになりました。
 当時私も同じ考えで、歯ごたえのある食事を推進していた一人でした。
 現在でも、咀嚼によって咀嚼筋が発育し同時に唾液分泌が促され、う蝕や歯周病の予防といった観点からも、軟らかい食品より歯ごたえのある食品を薦めています。
ただ最近は、硬いものを噛むことによる弊害も目立つようになってきました。
 若くて、まだ歯がすり減っていないうちはいいのですが、身体の組織の中で最も硬いといわれる歯のエナメル質も、年齢を重ねるに伴い、少しずつすり減っていきます。これを歯の咬耗(こうもう)といいます。歯の表層のエナメル質がすっかりすり減ると、その内側の象牙質が露出しますが、象牙質はエナメル質より軟らかいため、より早く咬耗が進行します。見た目では臼歯ではすり鉢状に、そして前歯では溝のような線状のくぼみとなります。
 露出した象牙質はエナメル質より痛覚に敏感で、ときに象牙質知覚過敏といって冷水やブラッシングによる痛みを生じることがあります。
 さらに咬耗が進むと、特に臼歯部では歯の噛み合わせの面の凹凸がなくなり、ほとんど平坦になることもあります。この状態で硬いものを噛んで、歯が縦に割れてしまうことも珍しくありません。割れると最悪の場合、抜歯になることもあります。さらに神経を取った歯は弾力性に欠けるため、とりわけ割れやすくなります。
 ですから、咬耗が進んで噛み合わせの面が平坦になったら、硬いナッツ類や芯のある食品を咀嚼する際は、十分気をつけましょう。
 ヒトの口腔機能はかなり精密なのですが、高齢になると、感覚神経と運動神経の連携がうまくいかず、頬や舌を噛んだり、自身の歯が耐えられないものを噛んだ瞬間の制止が遅れ、その結果歯を割ってしまうことも珍しくありません。

 次に、以前は歯を守るために、特に甘い食品に対する注意が叫ばれていました。これはもちろん正しいのですが、最近では酸性の食品に対する注意がなされるようになってきました。酸によって歯が溶けるからです。
 ヒトは、アルカリ性の食品より酸性の食品を多く摂取する傾向があります。
レモン、コーラ、梅干しなどはpH2、私の好きなワインではpH2.6、リンゴや食酢でもpH3、なんと白米でもpH4で酸性なのです(種類により多少値は異なります )。
 歯が溶ける臨界のpHが5.5とされていますから、先に挙げた食品のpHはそれ以下ですから、歯を溶かす可能性は十分あります。
 例えば、コーラの中に抜いた歯を浸けておくと一晩で歯はボロボロになってしまいます。
 では、私たちは毎日酸性の食品を口にしているのに、なぜ歯はボロボロにならないのでしょうか。
 実は、酸性の食品を口にした場合、歯のごく表層では、脱灰(だっかい)といって歯の組織は壊されているのです。歯の表面を舌で触れるとざらつくのはこのためです。ただし、脱灰が短時間であれば、唾液中に豊富に含まれるカルシウムやリン酸がこの破壊された組織を再構築します。これを再石灰化といいます。
 ところが、食品の酸性が極端に強かったり、また歯に触れている時間が長いと、再石灰化が追いつかず歯の組織が不可逆的に破壊されてしまいます。これを酸蝕症(さんしょくしょう)といいます。
 酸性の強い食事の直後に、研磨剤の入った歯みがき剤でブラッシングをすると、脱灰した部分の破壊をさらに進めることになるため、食後30分経過後のブラッシングを推奨しています。ちなみに、食後に水で口をすすぐのも酸を希釈し歯を守るためにも有効です。
 
 最後に、温度による歯のダメージについて。
 ヒトほど、熱いものを口にする動物はいません。
 熱いお茶では、70℃くらいのものをすすることもあり、一方で0℃の冷水を口にすることもあります。固体は、熱を加えると膨張し、冷やすと収縮します。歯も固体ですから、温度により膨張と収縮を繰り返します。この変化が歯の弾力性を超えた場合、破壊が起こります。実際には、亀裂(=ひび)や破折(剥がれたり、割れること)という現象で現れます。
 ご自分の歯を鏡でよく観察すると、亀裂が見つかるかもしれません。一般的にはこの亀裂は歯の表層のみで起こり、内部にまで及んでいることはそう多くありません。
 ただ、温度変化の幅と時間によっては、つまり温度変化が大きく、しかもその変化が短時間で繰り返されると、破壊が起こる可能性が高くなります。
 例えば、アイスクリームを食べながら熱いコーヒーやお茶を飲む、といった習慣は、歯にとってはかなり過酷な環境といえます。
 できれば、アイスクリームを口に入れたあとは、口腔の温度で穏やかに暖めてから熱い飲み物を少量ずつゆっくり口にするといった配慮は、歯を長持ちさせるためには必要かもしれません。

このページを閉じる

Copyright 2004 Aoba Dental Clinic All Rights Reserved.