免疫力と体温

2021年11月



 風邪をひくと熱が出ます。
 熱が出る、つまり体温が上がるのは、体が風邪の原因となるウィルスやそれに乗じて勢力を増したバクテリアと戦うためです。
 血液は、私たちの身体を構成する数十兆個もの細胞に酸素と栄養を届け、細胞から出た老廃物を回収する働きをしています。
 その血液の中に、免疫機能をもった白血球が存在しています。通常1mm3中3500〜9500個というものすごい数です(それでも赤血球や血小板よりはずっと少ないのです)。この白血球が身体中を循環することでウィルスや細菌などの病原体や異物を監視しているのです。その他、リンパ管にもリンパ球が存在し、免疫機能を担っています。
 体温が上がると、血液の循環がよくなるため、白血球が全身あるいは局所により多く行きわたり、免疫力が高まると考えられています。
 逆に体温が下がると、血液循環が低下するため、病原体等を認識しても白血球が集まりにくくなり、免疫力も低下するのです。
 ちなみに、白血球やリンパ球は外から侵入するウィルスや細菌だけでなく、体内で作られるがん細胞に対しても認識と攻撃を行い、がん細胞の増殖を抑えるという免疫機能もつかさどっているのです。
 健康な人でも、がん細胞は1日に5000個程度は作られるといわれていますが、正常な場合は、それらはすべて免疫細胞によって攻撃、処理されています。
 人体において、免疫機能が正常に機能する体温は一般的に約36.5℃といわれています。
 そこから体温が1℃上昇すると、免疫力は通常の最大5〜6倍に増加し、逆に1℃下がると30%減少するといわれています。
 病気になった時の1℃の体温上昇は、免疫機能を活性化し、病気と闘う力を増強している証拠なのです。ですから、微熱程度で簡単に解熱剤で体温を下げてはいけないのです。感染症にかかったときに早い段階で解熱剤を服用すると、治癒までの期間が長くなるなど、予後を悪くする可能性があるといったデータもあります。一方で後者の場合、単純に計算すると1日に約1500個のがん細胞が免疫システムをくぐり抜け、増殖する可能性があるということになります。これは、日常的に低体温の状態は、病気に対して抵抗力が弱いということでもあります。
 最近、低体温の人が増えているといわれていますから、抵抗力の低下が懸念されます。
 現在、低体温の原因の9割は筋肉量の低下と考えられています。
 50年前と比べ、今では日本人の体温の平均は0.7度近く下がっているといわれています。
 その原因のひとつとして、現在のライフスタイルが、以前と比べ明らかな運動不足になっていることが挙げられます。家事ひとつをとっても、50年前は掃除、洗濯、料理などを手作業で行い、そのうえ畑仕事をするなど、日常的な運動量が多かったのです。それが現代の生活では、乗り物や家電の充実によって日常生活における運動量は低下しています。皮肉にも、テクノロジーの進化が低体温をもたらしているといえるのかもしれません。
 それでは、日常的な低体温を上昇させるにはどうしたらいいでしょうか。
 まず、体温を上昇させる器官の代表は骨格筋と肝臓、そして脳で、それぞれ基礎代謝量の20%前後を占めています。


     厚生労働省e-ヘルスネット「ヒトの臓器・組織における安静時代謝量」
     (糸川嘉則ほか 編 栄養学総論 改定第3版 南江堂, 141-164, 2006.)から

 基礎代謝量とは、心臓を動かす、呼吸をするといった、生きていくための最低限のエネルギー量のことです。
 寒い時にブルブル震えるのは、骨格筋を細かく動かすことによる発熱で、体温を上げようとしているからです。
 肝臓は摂取した栄養素を分解することで発熱します。脳は多くの神経の中枢で、起きている間はもちろん寝ている時にも常に機能していています。
 基礎代謝量を上げれば、おのずと体温は上昇します。
 まず、手っ取り早く基礎代謝量を上げるには、筋肉量を増やすことです。
 日常的に筋肉を使うことはもちろん重要ですが、筋肉量が増えると基礎代謝量が増えます。クルマに例えると、信号で停車している時でも排気量の大きいクルマほど燃料をより多く消費します。もっともエコロジーの観点からは逆行しますが。
 次に、どの部位の筋肉量が増えると代謝量を上げるのに効率的かということですが、それはいわゆる「大きな筋肉」といわれている部分です。
 「大きな筋肉」とは、大胸筋、広背筋、大臀筋、太ももの筋肉(大腿四頭筋、ハムストリングス)、そしてふくらはぎの腓腹筋とヒラメ筋のことです。ちなみにハムストリングスとは、太ももの裏側の大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋の3つの筋肉の総称です。
 これらの中でも、特に下半身の大臀筋と太ももの大腿四頭筋、ハムストリングスで全身の筋肉の約50%を占めています。
 ウォーキングが健康のためによいとされるのは、下半身のこれらの筋肉量を増やすためということができます。
 そしてその際、「腕を振る」ということも強調されていますが、これも同じく「大きな筋肉」である大胸筋、広背筋を鍛えるためです。
 ところで、筋肉量は年代毎に変化し、基本的に20歳頃をピークに年々減少します。20代の平均的な男子の体に占める筋肉量の割合は約40%、女性では35%ほどですが、年毎に約1%ずつ減少し、70代になると約23〜26%にまで減少するといわれています。 
 加齢とともに基礎代謝は落ちていきますから、筋肉量を増やすことはあらゆる病気対策に必要です。
 まずは、自分の平熱を知り、低体温を克服して、血流をよくしておくことが免疫力向上につながるのです。
 また現在は、人間関係や経済面、そして社会問題など、生きていく上で生じるストレスは50年前より多くなっています。ストレスによって分泌するホルモンは、筋肉を分解することによってストレスを緩和するために、ストレスが強いと筋肉をやせさせてしまい、その結果、低体温を招くというデータもあります。
 さて、発熱は体の防御反応であるということはおわかりいただいたかと思いますが、同時に体力の消耗にもつながるのです。
 私たち人類は、長い歴史において様々な外敵や病気と闘ってきました。
 薬やワクチンもない時代に、感染症になった時は体温を上げて免疫力を増強し、ウイルス感染などに対応して生き残ってきました。発熱は、感染した時に自分を守る反応である一方、熱が出るとたくさんのエネルギーを消耗し、体力が奪われてしまいます。COVID-19で緊急事態宣言が出されましたが、この状態がずっと続くと国も国民も疲弊してしまします。同様に、発熱とはいわば生体の緊急事態なのです。短期で緊急事態を克服するために、体は文字通り背に腹は変えられず大きな出費をするのです。
 このように、「発熱」は体の防御反応であると同時に、逆に体に大きな負担になり悪影響を及ぼすともいえるのです。
 「風邪をひいたら入浴はしない」といいますが、これはどうも日本だけの習慣のようです。入浴を避ける根拠は見当たりません。ただし、注意は必要です。
 理想の入浴方法は、40℃前後のお湯に毎日10分程度つかること。それだけで体温は1℃上がるといわれています。42℃以上の熱いお湯と、長時間の入浴は避けたほうがよいようです。熱いお湯につかると交感神経が興奮し、血圧が上昇するとともに体力を消耗してしまいます。また長時間の入浴は、保湿成分が流れて肌が乾燥したり、大量の汗をかくことで逆に血流が悪くなることがあります。
 もうひとつ重要なことは、入浴後の湯冷めをしないことです。
 発汗により湯冷めをすると、結果的に体温を下げてしまい免疫力が低下してしまいます。お風呂から上がったら、早めに水分を拭き取り、体温を下げないようにしましょう。
 そして何より、睡眠と栄養補給を十分行ってください。

 



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