「歯科の未来は明るい」

2015年1月



 医療技術の中でもとりわけ歯科治療は、これまで多くの技術、術式、材料の開発とともに進歩してきた。

 しかし一方で、歯科治療には自然治癒が期待できないものが多く、少なからずその後の生体に無理を強いるものであることも事実である。その点では、リハビリテーションの意味合いが強いともいえる。
 
 例を挙げてみよう。
 充填、修復処置は、歯とは膨張率も比熱も異なる材料を歯に接着(合着)させる処置である。温度差の大きな口腔という環境のもとでは、臨界において当然歪みやずれを生じる。
 補綴はどうか。
 ブリッジは、動揺度、動揺の方向の異なる歯を連結し、欠損部分にかかる力を分散させながら残存歯にこれまで以上の負担を強いることになる。
 部分床義歯では、一定以上の咬合力は、粘膜負担分の大部分を支台歯に負担させることになる。
 またインプラントの場合、残存歯への負担は増えないものの、緩衝機能のない上部構造が歯と共存し、骨という内胚葉由来の組織がインプラントを介して口腔と交通するという、いわば新たな創傷を口腔内に作ることになる。
 つまりこれらの処置は、口腔の機能的審美的な回復を目的として止むを得ず施す処置であるものの、それ自体がトラブルの連鎖の原因を内包しているのである。これを続ける限り、疾病を減らして医療費を抑制するという方向には転換しにくい。
 そこに、無理やり財政面から医療費を抑制しようとするから、医療の現場にも歪みやずれが生じる。

 日本の医療保険は原則疾病保険である。歯科医療では、口腔の痛みや機能的なトラブル等があって初めて医療保険の適用が認められる。
 財政面から「歯科医師過剰」といわれる時代にあっては、出来高払い制の下、ややもすると過剰介入の傾向が生じやすくなる。
 これはトラブルの連鎖を早める医原病である。
 我々は、倫理面、歯科医学的見地から、その処置は本当に必要だったのか、常に自問自答していかねばならない。
 
 少子高齢化が加速度的に進行する中、こういった疾病保険のあり方自体を見直さなくては、早晩医療保険自体が立ちゆかなくなるのは、火を見るより明らかである。
 当然国もそのことを承知している。
 血圧測定を定着させたり、タバコの価格を上げたり、いわゆるメタボ健診等で患者予備軍を減らそうとしている。
 歯科が今後、国民の健康増進や医療費抑制に貢献するには、「健康な受診」の比率を高めることと、口腔環境の管理により全身疾患の改善につなげることが重ポイントとなりそうである。
 身体に何もトラブルがないのに内科を受診するということは、成人検診や予防接種等、ごく特別な場合以外はほとんどない。
 歯科ではどうか。
 たとえば歯周疾患のチェックのために受診することは日常茶飯事である。
 なぜか。
・国民の多くが、程度の差こそあれ、口腔に疾患やその前兆を有している
・予防の大切さを認識している(慢性疾患のために、歯周疾患が進行した場合、元の状態に戻すことが難しい)
・かつて歯周疾患のために、辛い経験をしたことがある
・チェックにより、注意すべき部位、ポイントを把握しやすく、それを生かしたセルフコントロールがしやすい(歯周疾患が進行した部位は、プロフェッショナルコントロールが必要)

 これらのことに気づいている患者は、我々歯科医が思っているより、ずっと多いはずである。 
 あるいは、たとえトラブルを抱えての受診であっても、その受診がきっかけでこのことに気づいてくれる可能性はかなり高いと思われる。
 キュアーからケアーへ---まさにこのシフトのきっかけを作るのが歯科医院である。患者の多くは、そのことに価値を見出してきている。もしそう実感できないのであれば、それは医療人としての歯科医の治療方針が時代のニーズに合致しているか、再検討すべきであろう。
 歯科医院は、「口腔のチェックから生活指導まで」という、健康に関する情報発信の場に十分なりうるのである。実際、それを実践している医療機関もある。

 2014年度診療報酬改定で、周術期口腔機能管理という概念が導入された。
 口腔機能の維持、改善、あるいは口腔の衛生状態の改善が、全身の健康状態の改善に大きく貢献できるという事実が、厚労省はもとより、医科の医療スタッフにも共通認識として定着されつつある。
 医療の範疇にはあるものの、これまでえてして歯科は医科とは別個に扱われる傾向にあった。「体は丈夫なのに歯だけ弱い」といったように。
 それが、患者を中心とした医療の中で、歯科のスタッフも同じ医療スタッフの一員として認められつつある。
 我々は、実践によりこの動きをさらに推進しなくてはならない。
 幸い、歯科は職種が少ないためスタッフ間の連携が取りやすい。そして、同じ医療現場で患者を診ているため、認識を共有しやすい(この意味では、現場への歯科技工士の関わり方もさらに深める必要があろう)。
 さらに、長期にわたり患者家族の口腔のみならず生活環境も把握できるため、個々の患者に即した対応が可能となる。
 今後の課題としては、我々を始め歯科のスタッフは、咀嚼、嚥下のスペシャリストとしての力量を身につけることではないだろうか。
 勉強すべきことはたくさんある。

 私事だが、現在私の医院では患者の8割以上はメインテナンスのために来院する。
 開業した30年前、現在のような診療スタイルになるとはとても想像できなかった。これは先にも触れたように、患者の価値観が治療からチェックや指導に変化したためである。
 10年後、20年後、歯科の診療スタイルは、これまでとはドラスティックに変化するかもしれない。
 そのとき、患者にとっての歯科のあり方が、自身の生活、健康により密接に、そして日常的に関わっているであろうことを願ってやまない。
 歯科の未来は明るい。

    「群馬県保険医協会歯科版1015年新年号の原稿」

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