TPPと医療

2013年3月



 安倍首相は3/15に記者会見し、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加を正式に表明する意向を固めました.
 首相は2/22のオバマ大統領との会談後、「聖域なき関税撤廃でないことを確認した」と強調しています。政府の説明では、我が国の健康保険制度は、米を始めとする農産物のいくつかとともにその「聖域」ということになっています.しかし、TPPに関する正確な情報は依然として国民には伝えられていません.
 TPPに加盟したことによる医療分野への影響については未知のことであり、あくまで想像の域を脱し得ません.しかし実例からある程度予測がつきます.
 その例とは米韓FTA(自由貿易協定)で、2012年3月15日に発効しています.
 「自由」とはいうものの、実態はアメリカが絶対に損をしない不平等条約です.しかも、Ratchet条項といって、一度規制を緩和すると、どんなことがあっても元に戻せないことになっています.たとえば、アメリカ産の牛に狂牛病が発生しても、韓国側から検査を強化するといった、アメリカに不利なことは一切できないことになっているのです.
 実際、韓国政府は、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の排出量が多い自動車に負担金を課すなどの制度を、7月に導入することを計画しました。ところがこれに対し、米国の自動車業界などが、同国の自動車はCO2排出量の多い大型車が中心で、この制度により不利な扱いを受けるとして「米韓FTAに違反する」と反発しました。その結果、韓国政府は制度の導入を2015年に遅らせたのです。
 医療分野での危惧は、農文協のブックレット『恐怖の契約 米韓FTA TPPで日本もこうなる』で、韓国の弁護士・宋基昊(ソン・キホ)氏は、「米韓FTAと韓国を、他山の石としてみてほしい」として、次のように述べています.
「国民健康保険制度の枠外で営業する営利病院を保障し、アメリカの保険会社の利益を保護する。また、アメリカの製薬会社の特許権を過度に保護し、公共医療サービスの薬価負担を高くする。より低価格でより効果のある薬を国民健康保険の対象にするという国家の任務、権限に対し、アメリカの製薬会社は異議を申し立てることができる。」 
 これはISD条項によるもので、「非関税障壁の撤廃」という表現をしますが、アメリカ企業に不利な相手国の制度自体を提訴し、同企業に有利なように変えることができるのです。これを「アメリカのための治外法権」と表現する経済評論家もいます。いずれにしても、これが自由貿易交渉の実態なのです。
 日本の歯科医師の中には一部、TPP加盟により混合診療が認められれば、いまより自費診療が行いやすくなるかもしれないと期待する声も聞かれます.しかしこれはとんでもない見当違いです.
 米韓FTAの例からもわかるように、アメリカ資本の前にとんでもない搾取が起こる可能性を忘れてはいけません.
 さて、社会保障に対する安倍政権の基本理念は「自助」です.
 仮に日本がTPPに参画しても、健康保険制度自体はおそらく存続するでしょう.しかし、医療費削減のために混合診療を押し進めようとしている現政権は、保険適用の範囲を縮小し、アメリカ企業が参入しやすい混合診療の比率を高めるであろうことは想像に難くありません.
 一方でこれは、民間の保険会社にとっては「渡りに舟」です。国民は現行の健康保険だけでは十分な医療を受けられなくなりますから、民間の医療保険にも加入せざるをえません。
 結果として、健康保険の精神が形骸化し、健康格差-つまり裕福な人の健康は守られ、貧しい国民の健康は犠牲にされるという状況がさらに拡大するものと思われます.
 これは日本の国民皆保険制度の切り崩しであり、「いつでも、どこでも、だれでも必要な医療を受けられる」とした、健康保険の精神を形骸化するものではないでしょうか。
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