健康保険とお役所

2010年10月



 いわゆるお役所という所は、予算計画段階ではできるだけ多くの概算要求を出してきますが、一方で予算の決定後は、その予算内でやりくりするために現場にはかなり厳しい注文をつけてきます。
 厚労省もご多分に漏れず、です。
 入院患者が多くなると、予防より先にいかにして入院しにくい環境を作るかを考えます。
 3ヶ月以上の入院が医療機関の経営を圧迫するような決まり事を作ったのは誰でしょう。3ヶ月での転院で喜ぶのは誰でしょう。患者はそれで健康に向かうのでしょうか。
 その他の診療に対しても、厚労省はできるだけ保険の財源を使わないように「努力」しています。
 具体的には、実際に行われた医療に対し、「査定」という名で、保険診療の適用から外すという手段をとってきます。
 結果的に査定された分は、医療機関の持ち出しになります。
 (ちなみにこの査定にために、新たに人員を雇ったりアウトソーシングしたりしています。なんだか変ですね。)
 保険診療は健康保険法という法律の下で行われますが、実際の診療の細かい約束事は保険療養担当規則(療担規則)というものに則って決められています。
 これは生命保険の約款よろしく、かなり細かい内容になっていますが、それでも実際の医療ではこれに当てはまらないものも数多くあります。
 さらに一つの医療行為に対して、保険適用とも適用外とも解釈できる場合が数多くあり、どちらに解釈するかはほとんどの場合、各都道府県の厚生局(最近は統合が進み、例えば群馬は関東信越厚生局の管轄)の医療指導官や審査委員会の見解で決められています。したがって、「保険でできる」かどうかは、各都道府県によって異なり、さらに、審査委員会のメンバーの間でさえ異なる場合があります。そしてなんと、先月まで保険適用が認められていた医療行為が、文書の通達もなしに今月から認められなくなるという、信じられないような事態さえあるのです。
 患者のためによかれと思って行った医療が認められず、そのための費用が医療機関の持ち出しになれば、次回からその医療は行わなくなってしまい、結局の被害者は患者なのです。
 情報開示と説明責任が浸透する現在、患者の健康に直接関わる医療の内容が、ごく一部の人間のさじ加減で変わってしまい、しかもその根拠が問われないという事態は、あまりに後進的です。
 誤解のないように言いますが、行政には、医療現場の不正に対してはきちんと対処して欲しいと思います。
 しかしその一方で、現状に合わなくなった法律や規則を、社会に貢献する立場で整備運用(厳密には法の整備は国会の仕事ですが)するよう努力して欲しいものです。
 話は変わりますが、今年9月、刑事事件において被疑者を有罪にすべく、検察官が証拠の改ざんをして逮捕された事件がありました。
 刑事は民事と異なり、個人的な利害が対立するわけではなく、したがって検察官には絶対恣意的な行為はないだろうと信じていたところ、この事件が起きたわけです。これにより、検察の信頼は根底から崩れました。
 また、医療機関を指導する立場の人間が、指導する対象からの収賄で逮捕されるという事件もありました。
 権限が保障されている立場にある者は、それが人間社会に貢献するために保証されていることを謙虚に受け止める必要があるのです。
 当事者が信頼されるよう行動することが基本ですが、社会もそれを監視しなければ、とんでもない事態が起こる可能性はあるということですね。
 
 さて、身体的、精神的、そして社会的に弱い立場の人々を守る、その人たちの意見を代弁し行政に働きかける、医療の基本はここにあると思います。
 本来、厚労省などのお役所も同じ立場でなくてはならないはずです。
 こういった努力の積み重ねこそ、社会の歪みや矛盾を和らげ、社会に存在する不快な緊張状態を解きほぐす大切な業なのです。
 どちらかというと嫌なことの多い一年でしたが、その分教訓も多かったはずです。いいことばかりでは、残念ながら人間ってあまり教訓を身につけられないんですね。
 でも来年はもっといい年になりますように。
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