歯科の診療報酬は低いほうがいい?

2010年6月



 長い不況の中、皆さん家計での支出を減らすため、少しでも安い物を買ったり、買う量を減らしたり、また減らせるものは回数を減らしたりと、いろいろ工夫をされていることでしょう。
 生活の中で、切り詰められるものと切り詰めにくいものがあり、それぞれ 所得弾力性が高い、低い、といいます。
 一般的には、外食やおしゃれに使う費用は所得弾力性が高く、一方で医療費などは所得弾力性が低いとされています。
 つまり医療費は、収入にあまり関係なくどうしても支払わなければならない費用といえます。
 医療費の中でも、歯科診療は所得弾力性が比較的高く、生活が苦しくなると、まず歯科治療は後回しになる傾向があります。
 最近では多くの自治体で、義務教育の間は保険診療の窓口負担は公費で賄われるようになり、その点では生活費に及ぼす影響は少なくなりました。
 しかし一方で、家庭が子どもの口の中への関心や注意が疎かだったり、両親の仕事の都合によっては、治療に連れて行く時間が工面できなかったりで、大きなむし歯になってから痛みのあまりに来院する児童も一時期より多いような気がします。

 話が少々脱線しましたが、保険診療に対する患者の支払い金額=窓口負担は少ないほうが生活者としてはもちろん助かります。
 窓口負担は、医療行為の価格である診療報酬の1割、あるいは3割と負担率が決められていますから、窓口負担を少なくするには、診療報酬自体を低くするか、負担率を下げる必要があります。
 日本の保険診療の診療報酬は健康保険法により公的に決められていますが、その金額はいわゆる先進国の中ではかなり低く抑えられています。
 (http://blogs.yahoo.co.jp/sikairyouhi/11486113.html
      表「歯科治療費の国際比較」参照)
 しかしたとえば3割という負担率は必ずしも低くないので、結果的に患者にとっては支払い金額が高く感じられるのです。
 つまり、医療行為の評価が低く、その割に患者負担が多いわけですが、その原因は、国からの持ち出し=国庫負担が少ないからに他なりません。
 さて、窓口負担を少なくするために診療報酬を低く評価する、つまり抑えるとどんなことが起こるでしょうか。
 窓口負担が少なければ国民にとっては結構なことのように思われますが、一方でマイナス面もあることに注意しなくてはなりません。

 評価が低すぎれば、薄利多売ではありませんが、数をこなして経営を守ろうとするのが一般的で、デフレ状況下の小売業界ではよくとられる手法です。
 しかし、たとえば歯科医療でこのようなやり方がとられると(すでに現状はこれに近いものがあります)、
* 単位時間あたりに能力以上の患者を診療する(質の低下)
* 不要な処置が行われる素地を生む
 たとえば、本来経過をみるべき歯に対し、過剰診療、つまり必ずしも必要でない処置や残せる歯の抜歯が行われる危険性が生じる(過剰介入)  
 元に戻らない分、医科での薬剤の過剰投与より深刻
 また無駄な医療費が使われる
* 無理、無謀な自費診療が行われる素地を生む
  たとえば、残せる可能性のある歯を抜歯して、歯槽骨のない部分へ強引な  
 インプラント治療を施す
といった状況が生まれ、患者にとっては重大なデメリットにつながります。

 こういった厳しい状況に対し、一部に混合診療を推進しようという動きもみられます。
 これまで歯科では、多くの処置の評価があまりにも低く抑えられてきたせいもあり、最新技術を保険に導入しようという努力があまりにも不足していたという事実を認めなくてはなりません。
 その結果、「保険診療の不採算部分を自費で賄う」という構図がいつの間にか定着してしまいました。
 混合診療をはじめ、自費で保険診療の不採算分を補填しようという考え方には、患者へのデメリットをはじめ、多くの問題があります。
* 自費の治療費が本来の価格より高額になる
* 自費への患者誘導が起こりやすい
* 保険診療の質が低下しやすい
* 保険診療の評価の改善が起こりにくい(自費で採算が合うからいいではないかという考え)

 日本は国民皆保険制度のもと、原則としてすべての国民が保険料を支払っているわけですから、その保険を使い、高くない治療費できちんとした歯科治療が受けられることは、国民の当然の権利でもあるのです。
 そのために、診療報酬の適正な評価が望まれますが、一方で窓口負担が高くならないよう、負担率の引き下げが是非とも必要なのです。
 国の財源は?という意見もありますが、長期的にみれば、通院しやすい環境を整え、定期的なチェックをしっかり行い、たとえ処置が必要な場合でも軽度のうちに行えば治療費は少なくてすみ、結果的に国の医療費を節約することができるのです。
 私も保険医協会の理事の一人として、引き続き国や厚労省に対し、患者の負担率を引き下げるように働きかけていきたいと思います。
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