かつては歯科治療というと、「痛いもの」「我慢できなくなって受けるもの」というイメージが強いものでしたが、最近は「定期的に受けるもの」ととらえる方がとても多くなってきました。これは画期的なことです。
これにより、診療室の雰囲気も以前とはだいぶ変わり、あのキーンというタービンの音より、ポケットの深さを読み上げる声や話し声が聞こえることのほうが多くなりました。
この環境は、診療を受ける方にとっても、また私たち診療する側にとってもとても好ましいものなのです。
検診に慣れている方は、もとより痛くないことをご存知ですからリラックスして受診できますし、そのリラックスしている方に相対している私たちも、余計な緊張感をもたずに診療に当たれます。
人間の関係とは不思議なもので、心理的な双方向作用というものが働いて、一方が緊張していると、必ずといっていいほど他方も緊張してしまうんですね。
ですから、患者さんが痛そうな顔をしているのに、私たちが平気で診療しているということはありえないのです。
さて、歯科診療の特殊性として、ある程度大がかりな治療になる場合、計画的に治療を進める必要があります。
たとえば、前歯の大きなブリッジがとれた場合を例にとりましょう。
ご本人にしてみれば、まず見た目を気にしますから、「応急処置をしてください」とか、「ちょっとつけてもらえればいいので」という言い方をされる場合が結構多いものです。
この「ちょっと」というのがミソです。
ちょっとつけてすぐ外れては困ります。
でも外れる場合が多いのです。なぜなら、外れた本当の原因がそのままになっているからです。
単にセメントの接着力が低下したのが原因なら、接着し直せばトラブルは解決します。しかしそれとて、ゆっくり時間をかけて接着力が低下した場合には、歯の接着面が軟化(むし歯のようにとけている状態)して、そのままでは接着し直すことは困難になります。
一方で、歯周病等で奥歯のかみ合わせが不安定になったことが原因で外れた場合には状況はずっと難しくなりますが、実はこういうケースの方がずっと多いのです。
奥歯がかむ力に耐えられなくなると、前歯のかみ合わせが強くなります。
この場合には、奥歯のかみ合わせを改善しない限り、前歯をいくらしっかり接着し直しても、またすぐに外れるか、前歯が揺れるか、前歯の根が割れるという事態が起こります。
このトラブルに対してきちんと治療するならこうなります。
まず前歯を仮歯にしてかみ合わせを低くし、場合によっては固定する歯を増やして個々の歯にかかる負担を軽くします。その間に、歯を支える部分(歯周組織)の疾患である歯周病の治療を行いますが、これにはある程度の治療回数と期間がかかります。その後、歯周病の安定をみてから最終的なブリッジを入れる準備をしますが、場合によっては奥歯の固定も必要になります。
ブリッジが入っても、いったん歯周病になった歯周組織は再発の可能性が高く、定期的なメインテナンスが必要です。
これらのプロセスで手を抜くと、再度トラブルが起きたときの処置はさらに困難になります。応急処置といってもほんのその場しのぎのことしかできないことをご理解ください。
一方で、仮歯を作るだけでもそれなりの時間と手間が必要なのです。
くれぐれも、前歯にブリッジが入って見た目のトラブルが解消されたからといって、治療を中断しないようお願いいたします。
|