「文書の提供」から思うこと
今年4月の医療法の改訂により、医療の現場は混乱しています。
当医院も例外ではありません。
各種指導やクラウン(かぶせ物)や義歯の装着の際には情報提供のための文書を渡すことが義務づけられました。また、「診療内容のわかる」明細書も半年間の猶予付きで同様に義務づけられました。
さらに、患者さんの都合で装着予定の日に来院できず、一定期間後に再度来院した場合、その場で装着せず一旦保険課にその模型を送付し、当局の許可を得てから装着しなければならないというとんでもない規則まで通達されました。さすがにこの規則だけは通達後一か月を待たずに白紙撤回されました。
この撤回は常識的にみて当然といえばそれまでですが、通達後すぐに撤回するような法律を作った人および機関の責任は問われないものなのでしょうか。
いつものことですが、医療法改定の正式な通達はなんと3月末なのです。
医療現場のことを考えたら、少なくとも2,3か月前にはおよその内容を通知し、実施に向けての準備期間を設けるべきではないでしょうか。
当局の不備に対しては、今後とも改善の運動を続けていきたいと思います。
さて、実際に歯周疾患等の指導の際、文書を提供していますが、受け取った皆さんからみて、提供された文書はお役に立っていますか。
「すぐに捨てた」なんて言われたら寂しい限りですが、こちらとしてもより有効なものにすべく努力しなくてはなりません。
でも言い訳のようですが、処置後に数分かけて文書をしたためていますので、こちらも多忙を強いられています。この文書のための時間だけで、平均すると約90分/日かかってしまいます。
ということで、医院側にとっても文書提供自体はかなりの労力と時間をとられる作業なのです。
でも発想を換えて、どうせお渡しするものなら、できるだけ有効なものにしていこうと考えています。 「生かせば資源、捨てればゴミ」
文書はその写しをカルテに添付してありますので、医院側にとっては、受診された方の状況の推移が把握でき、一貫した指導がしやすくなります。また受け取った方も、その日の指導内容を自宅でチェックしたり、どう変化したかを理解しやすくなるでしょう。
青葉歯科では、皆さんが鏡を見ながら口の中のチェックをしやすいように、図は、左右を逆にして表記しています。
「出す」ことではなく、有効な活用を目的とする、そのための改善を今後とも続けていこうと思いますので、ご意見等をいただければ幸いです。
ところで領収書のほうはいかがでしょうか。
物品を扱う場合と異なり、医療では医療行為や管理といった、目に見えない「物」や形に残らない「物」が料金算定の対象となります。またいろんな制約から、実際に行なった行為、使用した物が算定の対象にならないことも数多く存在します。たとえば、多くの場合、麻酔などは実際に行なっていても算定の対象とはなりませんし、歯ぐきが腫れて切開した場合、日を異にして再度切開しても算定できません。これらに対し、「診療内容のわかる」領収書を発行するには無理があります。これは決して領収書発行を否定しているのではありません。もし医療現場に「診療内容のわかる」領収書の発行を義務づけ、それを患者さんに生かされるものにしようとするなら、厚労省は診療報酬体系を領収書に対応するよう、もっとわかりやすいものにすべきではないでしょうか。
文書提供や「診療内容のわかる」領収書の発行が義務づけられた背景には、不正、架空請求の防止という意味があることは否めません。これはとても悲しいことです。
いまお産のできる医療機関は激減しています。
お産は時を選んでくれません。また一方で、正常に生まれて当然という感覚がありますので、事故があった場合にはおめでたが一転して不幸になってしまいます。その時の当事者やその家族の悲しみは、感情論からいえば、当然その矛先が医師の責任追及に向けられがちです。その気持ちももちろん理解できますが、事故を無駄にしないためには、その原因を調査し、悲しい事故の再発を防止することこそが重要ではないでしょうか。福島県立病院での事故はその最たるものです。
産科のように診療から解放される時間がなく訴訟問題も起こりやすい、こんな大変なことを進んで選択する医師が減るのは当然です。契約社会であるアメリカでは、医療における訴訟問題は日常茶飯事だと聞きます。
しかし医療の中に、「何かあったら訴えてやるぞ、何かあったら訴えられるかもしれない」という雰囲気があると、結局のところ患者側、医療機関側双方にとってマイナスに働くでしょう。この雰囲気の中では、患者のための医療ではなく、訴訟が起きにくい医療が行なわれるでしょう。医療に絶対ということはあり得ませんから、経過をみながら患者と計画を立てていく医療より、経過が予測しやすい、いわば医師にとって「安全」な医療が選択されるでしょうから、少なくとも最新、最先端医療は選択肢から外されるでしょうし、逆に結果責任を患者に転嫁しやすい医療が選択されるでしょう。
医療をよくするには、医師の技術的研鑽、倫理観の確立は当然ですが、患者さんと医療機関との信頼関係をどう作っていくかが鍵を握っているのではないでしょうか。
2006 6月
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