マユミ

今年も大晦日、年齢のせいか年々1年が早くなっています。

12月31日と1月1日で、デジタルの時計のように何かが急に変わるわけではありません。

でも、一つの区切りとして1年という単位を作るのは、人間にとって気持ちを入れ替える契機なんでしょうね。

さて、我が家の庭も落葉樹の葉が落ち、寂しい景色になりました。

若い頃は、この風景が殺伐として嫌いでしたが、歳を重ねると、葉が落ち枝ぶりが露わになった景色も、肯定的に受け止められるようになりました。

写真のマユミは、我が家の庭先に数本生えています。

もともと、木質の弾力性から弓の材料に使われたことからその名がつけられたそうです。

北西の風が吹くこの季節に、四面体の実が、寂しくなった庭に彩りを添えてくれます。

皆様、よい年をお迎えください。

師走のCDコンサート2025


 今年も明日から師走です。
 年々時間の進みが早く感じられますが、これまで無事に生きてこられたことをまずは感謝しましょう。
 さて、今年も1123日(日)、「師走のCDコンサート」を開催しました。準備の都合上、最近は実際には「霜月のCDコンサート」になっています。

当日のプログラムは次の通りです。
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  1. ジェズアルド・シックス演奏会           (BD)          2024
  1. ロドリーゴ アランフェス協奏曲         (BD)          2025

   アナ・ヴィドヴィチ(Gt.)                         

  1. W.A.モーツァルト                   (CD)          2020

     エレーヌ・グリモー(P)   カメラータ・ザルツブルク

  ・幻想曲ニ短調 K.466

  ・ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466

  ・幻想曲 ハ短調 K.476

4. ラフマニノフ  ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18      (BD)

         ルツェルン音楽祭 2022 

         藤田真央 (P)  

   R.シャイー指揮    ルツェルン祝祭管弦楽団

5.ミシャ・マイスキー ( Vc.)           (CD)               2013  

         バッハ平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番  

・グノー アヴェ・マリ
  ・ブラームス 子守唄
・プーランク 愛の小道
・ラフマニノフ ヴォカリーズ

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 プログラムについて簡単に説明いたします。

1.ジェズアルド・シックス演奏会
「ジェズアルド・シックス」は、ルネサンス期の作曲家、カルロ・ジェズアルドの楽曲を演奏するために結成された、イギリスの男性コーラスグループです。
 この分野では同じイギリスの「キングス・シンガーズ」が有名で、数年前に当CDコンサートでも取り上げました。今年初めてこのグループの歌声を聞いたときに、キングス・シンガーズに勝るとも劣らないレベルに圧倒され、今回取り上げました。
2.ロドリーゴ アランフェス協奏曲
 クロアチア出身のアナ・ヴィドヴィチのギターによるロドリーゴのアランフェス協奏曲ですが、彼女も以前取り上げました。演奏のうまさもさる事ながら、演奏している姿がとても美しいのです。ただし、インタビューの映像もあるのですが、彼女の美しさ、奥ゆかしさは喋らないほうが際立ちます(笑)。
3. W.A.モーツァルトピアノ協奏曲第20番 K.466  
  次のモーツァルトは、個人的に最も好きなモーツァルトの曲のひとつK.466のピアノ協奏曲で、過去既に何回も演奏者を変えて取り上げています。多分、とりあげた回数では最多だと思います。
 この曲を二つのファンタジー(幻想曲)ではさんだ、まるでハードカバーの本のような洒落た構成となっています。演奏者のエレーヌ・グリモーはフランス人で、このCDの演奏はこれまで聴いたK.466の中でも特に優れた演奏だと個人的には思っています。
4. ラフマニノフ  ピアノ協奏曲第2番ハ短調   
 ルツェルン音楽祭での演奏ですが、このピアニストは大地真央でも浅田真央でもなく藤田真央で、男性です。彼はスイス方面で活躍していて、国際的にも実力が評価されています。童顔で、はにかんだような仕草で高校生くらいにしか見えませんが、おそらく今後実力が評価されるでしょう。
5.ミシャ・マイスキー ( Vc.)   
 言わずと知れたビルトオーゾの演奏です。

 当日の雰囲気が少しでも伝われば幸甚です。

妙義山秋景 

上毛三山のひとつ、妙義山。

この荒々しい姿に憧れます。

特に、左側の金洞山の、右側から風に吹かれたような形が稀なる自然の造形の美を感じます。

11月20日、今回初めてその感動を感じられる絶景ポイントを見つけました。 いかがでしょうか。

土地の方なら、「ああ、あそこ」となるのでしょうが、個人的にはこの撮影ポイントを見つけてだけで、この日の目的は達成できました。充実感を満喫しました。

次回は、雪を被った姿を撮影したいと思います。

ただ、ナビにこの地点を登録し忘れたことが何とも残念で、果たして次回、このポイントに辿り着けるでしょうか。

メボソムシクイ

猛暑の続いた今年の夏も終わり、朝晩はだいぶ涼しく秋らしくなってきました。

先週はギンモクセイのやさしい香りが、そして今週からはキンモクセイの強い香りが運ばれてきました。

過ごしやすい季節はあっという間に過ぎ去ってしまうのでしょうか。

さて、診療室の2階のバルコニーに小鳥が死んでいると、スタッフが教えてくれました。

メボソムシクイでした。メジロほどの小さく綺麗な小鳥です。

以前にも、カオジロガビチョウが死んでいたことがありましたが、今回も外見上これといった傷はありませんでした。

おそらく、窓ガラスに気づかず衝突して命を落としたのでしょう。

今朝、土に埋めてやりました。  合掌

そうだったのか語源㊳   —日本の地名 その3 東北地方-2—

 次は、秋田県と山形県について。

 秋田の名は、米の「あきたこまち(平仮名)」の名前からも、由来は容易に想像できる。

 と思いきや、調べてみるとそう単純な由来ではないらしい。

 一説では、低湿地で農業に不向きな「悪田(あくでん)」を意味する「飽田(あきた)」から始まり、奈良時代に「秋田」という漢字が当てられたといわれている。

 また、出羽国に古代からある秋田郡からという説。

 平安時代に編纂された「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」(日本最古の辞書)では、秋田の読みは「あいた」とある。

 さらに古くは「あぎた」と読んでいた。

 「秋田」の字は当て字なので、「秋』は地名の由来とは無関係。

 秋田の地名由来は、「あぎ」は「上げ」から転じたもので、高くなっている土地を意味する。

「た」は場所を意味する「と」が転訛したもの。

 つまり「秋田」の名前の由来は「(周辺よりも)高くなっている場所」という説。

 さらに、飛鳥時代の斉明天皇4年(658年)に阿倍比羅夫の日本海遠征の際、この地を訪れ地名を「齶田(あぎた)」と報告したことに由来するというもの。「齶田(あぎた)」はアゴに似た地形からつけられたともいわれており、雄物川河口部の古い地形のことを示しているとの説もある。

 さて、私が小学校の頃、日本で一番広い湖は琵琶湖、2番目は八郎潟、3番目が霞ヶ浦と習った記憶がある。男鹿半島のつけ根に、大きなうろのような八郎潟があった。ちなみに八郎潟は今でも秋田県にある。が、干拓で面積は当初の20%になり今やその存在感は薄れてしまった。

 この頃、つまり60年前は日本の人口の増加傾向が続き、その食料需要に対応するため、しきりに干拓が行われた。今の減反政策とは真逆の農政である。特に、秋田県の八郎潟と岡山県の児島湾が有名だった(覚えがある)。潟というくらいだから遠浅で、干拓には好都合だったのだろう。今は大潟村として、かつての広く浅い湖の名残りがかすかに村名に残されている。

 八郎潟の名前の由来は、人から龍へ姿を変えられた八郎太郎が棲家としたという伝説によるとされている。

 次に、秋田には能代、米代川と、「代」がつく地名がある。

 歴史は古く、「日本書紀」に、「斉明天皇4年(658年)4月、越国守阿倍比羅夫が軍船180隻を引いて蝦夷を伐つ、齶田(飽田)・渟代二郡の蝦夷望み恐じて降わんと乞う」と、渟代の名が出てくる。当時の読みである「ヌシロ」の地名の由来を、アイヌ語で「台地の上の草原地」を意味する「ヌプシル」(nup-sir) からの転訛とする説もあるが、秋田の地名の由来とも合致する。

 その後「続日本記」では、「渟代」から「野代」へと表記が変わっている。

 野代から現在の能代への漢字の変遷は、元禄7年(1694年)および宝永元年(1704年)に大震災が起こり、「野代」という地名が「野に代わる」と読めることから、「よく代わる」と読める「能代」と改めたとある。

 もう一つ、「代」がつく名前に米代川がある。雄物川と並ぶ秋田県の大河だが、米代川の語源は「米のとぎ汁のような白い川」からとの説がある。

 上流に住んでいた人たちが川で米をといで川が白くなったという説や、源流にいただんぶり長者(だんぶり=トンボ 地域の伝説の長者)の米のとぎ汁だとする伝説もある。また、915年、十和田湖火山が大噴火を起こした際の火砕流や火山灰で白く濁った川の色が語源との説も。

 私は学生時代仙台で過ごしたので、秋田県の「仙」のつく地名に興味がある。

 大仙市は、秋田県南東部に位置し、2005年に大曲仙北地域の8市町村が合併し誕生した市である。「大仙」の名前は、「大曲市」と「仙北郡」の頭文字からとった地名である。ちなみに大曲とは、雄物川の蛇行に由来しているという説と、地域に生息していた麻を刈ったことから「大麻刈」、それが大曲となったという説がある。

 では仙北市とは。

 仙北市は秋田県の東部中央に位置している。2005年、仙北郡角館町・田沢湖町・西木村が合併し仙北市となった(命名にかなり紛糾したようである)。

 名前の由来は、「仙北」は古い資料では「山北」「仙福」「仙乏」と表記しているが、「仙」は仙台とは関係なく、「山」あるいは仙人の「仙」が由来とも考えられる。

 一方で、奥州街道水沢宿(岩手県奥州市水沢)からと秋田県の仙北地方(横手方面)を結ぶ仙北街道がある。秋田側では「手倉越え」「仙北道」、また伊達領に通じる道という意味で、「せんだい道」「みずさわ道」などと呼んだことから、「仙台の北」という意味で「仙北」となったのではないかとも考えられる。

 秋田市に河口をもつ雄物川の由来について。

 諸説あるが、一説に、江戸時代中期の地誌に、貢物つまり年貢を当時「御物」と言い、それを運び出す川という意味で「御物川」とされたと言われている。

 その他、上流に御膳(おもの)澤という地名があり、そこから御食(おもの)、そして雄物となったとの説もある。

 

 次に山形について。

 山に残る雪形が由来かと勝手に想像するもさにあらず。

 山形とは、古代の出羽国最上郡、現在の山形市の南に位置する地域を、山のほうにある土地の意で「山方郷」と呼んだことに由来するとされている。ちなみに、野方や里方に対し、蔵王周辺を「山方」と呼んだと言われている。

 その後南北朝時代に、斯波兼頼(しばかねより)がこの地を治めた際に「山形」という字になったとされている。

 芭蕉の句「さみだれを集めて早し最上川」で有名な最上川について。
 「最上」の名の由来には諸説ある。
 まず、アイヌ語に由来するという説。
 「もがみ」はアイヌ語で「静かなる神」を意味し、そこからきているという説。
 その他、アイヌ語で庄内平野から上がった最上峡が、アイヌ語で「崖=モモ」の地であり、その「モモ」の「上【カミ】」にある広い盆地が「モモカミ」と呼ばれたことからきているという説。
 また、前出の「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」という辞書には、「毛賀美(もかみ)」と書かれていて、これは「モー・カムイ=珍しい岩石の多いところ」という意味でこれが語源という説。
 ちなみに最上川の流路延長(川の長さ)229 kmは、ほぼ一つの都府県のみを流域とする河川としては日本一である。

 寒河江市も由緒ありそうな地名である。
 ここは、平安時代に藤原家の荘園として開拓された。
 一説には、相模の国(現在の神奈川県)の寒川(さむかわ)からの移住者が、この周辺の景色が郷里の寒川周辺と似ていたため「寒川」と呼び、ここを流れる河川が増水して入江になった名残で「寒河江」となったとの説がある。ちなみに「サガ」は朝鮮由来の名で、「相模」「寒川」に由来する地名と言われている。
 また、鎌倉時代の学者大江広元がこの地の地頭に任命された際、流れる境川(集落間を流れる川の意)は京や鎌倉の川よりもかなり寒かった。ちなみに寒河江川は以前は境川だったとの説もある。自分の領地に優雅な名前をつけようとした大江は、「寒い河」に自分の名字の大江から「江」をつけ「寒河江」としたとの説もある。
 その他、「さか(傾斜地)」と「え(川)」から、「傾斜地の川」の意から転じたという説、また、「さが(険しい地形)」と「え(川)」から、「険しい谷を流れる川」が語源との説もある。

 さて、日本海に面する鶴岡市の地名は鶴ヶ岡城から来ている。  

 当地が、関ヶ原の戦いで功績のあった最上義光(よしあき)の領地となったとき、それまでの大宝寺城を、鶴が舞い降りたという吉事に因んで鶴ヶ岡城に改称したことが鶴岡の地名の由来とされている。

 ちなみに、鶴岡市は市の面積では東北地方最大で、全国でも第10位の広さを誇っている。

 酒田市の「酒田」は、古くは「砂潟」や「坂田」と呼ばれていた。

 これには、「砂地の干潟」「狭い潟」「傾斜地にできた田」といった意味があるそう。その他、アイヌ語のサケ(鮭)トウ(海)、つまり「鮭の集まる海」からという説もある。

 将棋の駒で有名な天童市の地名は、千数百年前、天から二人の童子が美しい笛や太鼓の音色とともに舞い降りてきて、その山が天童山と名付けられ、その四方の里が天童と呼ばれるようになったのが由来とされている。

 羽黒山、湯殿山、月山を出羽三山と呼ぶ。

 羽黒山の名は、7世紀、蜂子皇子が蘇我馬子から逃れている道中で道に迷った時、羽が黒い3本足の烏が飛んできて、羽黒山まで導いたことが由来になっているとのこと。

 湯殿山は、1400年以上も前から湧き出る湯殿が参拝されてきたことによる。ちなみに出羽三山の奥宮として、「語るなかれ」「聞くなかれ」と戒められた神秘の霊場である。

 月山は、この中で最も標高が高いが、その名は半月状の山の形から名付けられたそうだが、一方で牛が寝ているような形から「犂牛山」(くろうしやま)とも呼ばれている。

 羽黒修験道では、羽黒山は現在の幸せを祈る山(現在)、月山は死後の安楽と往生を祈る山(過去)、そして湯殿山は生まれかわりを祈る山(未来)と見立てられている。

 次に、その美しい山容から鳥海富士、あるいは出羽富士の名がある鳥海山。

 その山名の由来は、山頂にある鳥ノ海湖からとする説と、鳥海弥三郎の誕生地とその領地に関係するとの説がある。 

 後者の鳥海弥三郎は平安時代中期から後期の武将で、全盛時代に安倍宗任(むねとう)と名乗っており、所領がこの地にあった。この安倍氏の出生地は宮城県亘理郡の鳥海の浦という所であったため、鳥海弥三郎宗任とも称していたため、この名に由来するとの説である。

ゼフィランサス

毎年梅雨の時期になると、この花が庭の植え込みの傍に咲きます。

ずっとサフランだと思っていました。でもよく見ると、花弁は同じ6枚ですがやや細身、そして葉や茎の様子が微妙に違います。

そこで「サフラン」「似」のキーワードで検索したところ、ヒガンバナ科、タマスダレ属の「サフランモドキ=ゼフィランサス」であることがわかりました(ちなみにサフランはアヤメ科クロッカス属)。

「もどき」がつくとなんだか一流から外れたような印象がありますが、日本では園芸品種として広く栽培されているようです。

元々はメキシコを中心に、北米南東部や中央アメリカ、南アメリカに自生していたものが、江戸時代末期から明治にかけて持ち込まれたものだそうです。

暖かい時期の雨後によく咲くので、レインリリーとも呼ばれているそうです。

鮮やかなピンクの花を上向きに咲かせるので、よく目立ちます。

ただし、ヒガンバナの仲間なのでリコリンという有毒物質を含んでいるため、葉をニラやノビルと間違えて食べると中毒を起こすそうなので要注意。

ヒガンバナ科、サフランモドキ属

いつの間にかバラの季節

年度の切り替えや原稿準備で、しばらくブログをお休みしていたら、あっという間に3ヶ月近く過ぎてしまいました。

寒かった季節も、はや最高気温を気にするような季節になってしまいました。

この辺りでは、クリスマスローズはその名に似合わず、2月から4月初めまでが見頃です。

そして今、医院の前のバラやクレマチスが見頃を迎えています。

が、同時にアブラムシとの戦いが続きます。

今週末は梅雨の走りのような天気になるとか。

年々、過ごしやすい季節が短くなっているような気がします。

人間も、環境の変化に適応していかねばなりませんね。

妙義山暁光

冬の妙義山を撮りたくて、先週診療後、山の近くのホテルに泊まりました。

予報では晴天のはずでしたが、6時過ぎ、急に荒れ出し、風雨が強くなってきました。

ついてないなと半分諦めかけたところ、なんとスポットライトのような暁光が射してきました。

朝食中でしたが、慌ててホテルの玄関に飛び出しました。

何かに掴まらないと立っていられないような強風で雨も横殴りでしたが、この瞬間を逃すまいと必死でシャッターを切りました。

神々しさが伝われば良いのですが。

その後、風雨は収まり、日常的な風景になりました。

暖冬

年が明けてあれこれしているうちに、はや2月になってしまいました。

大寒から節分に向かい、本来なら一年で最も寒い季節ですが、例年に比べ、最高気温が10℃を下回る日が少ないように感じます(尤も今週は寒くなりそうですが)。

そのせいか、医院の玄関軒下のバラはまだ蕾を膨らませ咲いています。

こうなると、剪定するのを躊躇してしまいます。

蝋梅も春の香りを放ち始め、クリスマスローズも頭を持ち上げ始めました。

そして椿もちらほら。

夜香木も、この冬は一株だけ、風の当たらない屋外で我慢してもらっています。

もう少し寒さに耐えれば、春はまもなく、です。

師走のCDコンサート 2024

 さて、11月23日、恒例のCDコンサートを開きました。

「師走の」と形容詞がついていますが、今回は都合で霜月に開催しました。

今回は参加者が5名と少なかったのですが、それもまた、個人的に立ち入ったお話もでき、有意義でした。

さて、今回取り上げた各曲について、聴いてほしい、あるいは観て欲しいところを、かなりのバイアスをかけながら、コメントしてみます。

プログラム

1. たそがれマイ・ラヴ                            (CD)

  大橋 純子               

2. ブラームス バイオリン・ソナタ         

      No.1 op.78   No.2 op.100    No.3 op.108    (BD)

    ルノー カプソン  アレクサンドロ カントロフ                RD:2023

3. ハイドン 弦楽四重奏曲 

      No.76 op.76-2「五度」No.77 op.76-3「皇帝」  (CD)

  イタリア弦楽四重奏団                   RD:1976

4. モーツアルト 交響曲No.25ト短調 K.183      (CD)  

      ネヴィル・マリナー指揮                   RD:1978

  アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールド

5. バッハ 無伴奏チェロ組曲           (BD)

  ミーシャ・マイスキー ( Vc.)                RD:2022

6.First Love                                   (CD)

   キャスリーン・バトル                 RD:1993

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  1. たそがれ マイ ラブ

大橋 純子は1年前に亡くなりました。

改めて聴いてみると、発声のすばらしさ、かつ自然なビブラート。

このCDでは、オリジナルとは一味違うボサノバ風の伴奏。パーカッションとケーナが秀逸。

2. ブラームスのバイオリン・ソナタ

現在、最も注目され、脂の乗っているバイオリニストのひとり、ルノー・カプソンとアレクサンドロ・カントロフ。ルックスもなかなか。ちなみに、ピアニストのカントロフは、我々が学生時代にDENONブランドで注目されていたバイオリニスト、ジャン・ジャック・カントロフの子息。

今、4K8Kと映像の細密化が進んでいますが、この映像を見る限り、ロケーションと映像のアングル、光の使い方のほうが、観る側への説得力に大きなファクトになるような気がします。

3.  ハイドン(1732-1809)の四重奏局の愛称「五度」の冒頭の(5度下がっている) と、

4.のモーツァルト(1756-1791)作曲交響曲第25番の冒頭が、モチーフとしてあまりにも似ているので、ネットで調べてみました。

 するとやはり、「モーツァルトはハイドンのこの曲を知っていて自分の曲に取り入れたのではないか」という推測が、その筋の人から出されていました。

 モーツァルトがハイドンを尊敬していたのは事実で、証拠としてモーツァルトはハイドンへの献呈として「ハイドンセット」の名で6曲からなる室内楽セットを作曲しています。

5.  現代のチェリストのヴィルトオーゾ、ラトビア出身のミーシャ・マイスキーのバッハ無伴奏チェロ組曲

特に個人的に思い入れのある第2番が収録されています。

 聴くと、学生の頃に初めて聴いた時を彷彿とさせます。

 ひとり静かな夜に聴くと、心拍数が下がり、己と対話できそうな、そんな曲です。

6.  最後は、すでに若くして引退した伝説のオペラ歌手、キャスリーン・バトルの「First Love」つまり初恋

「砂山の砂に—」は石川啄木の詩。ちなみに、島崎藤村の初恋は「まだあげ初めし前髪の—」。

日本語を知らないバトルが、どれほどの思いを込めて歌い上げたかはわかりません。

 しかも、beを「ベ」でなく「ビ」と、meを「メ」でなく「ミ」と英語訛りで発音するところもちょっと笑えます。が、さすがに、比類なきこの歌唱力は何度聴いても魅了されます。

 では、今年も残り少なくなってきましたが、健やかにお過ごしください。

                              2024年霜月