特に音楽に造詣が深いわけではない。でも、とにかくクラシックが好きだ。
拙宅のオーディオ(かつてはステレオと言った)は、特に凝ったものではない。25年ほど前に購入したLuxman L-580というプリメインアンプを、数回オーバホールしながら現在も現役で使っている。オーディオに関心のない方にはどうでもいい話である。
ちなみにaudio=オーディオは、audience=聞き手、聴衆と同源である。
AUDIという自動車メーカーがあるが、これもaudioと同源である。
創設者のアウグスト・ホルヒは、社名をつける際、自分の名前であるホルヒ=Horch(ドイツ語で「聞く」の意)の同義のラテン語、Audiを使ったとされている。
ところで、普段何気なく聞いたり使ったりしている音楽用語にも、興味深い言葉があるので、触れてみたい。
Music=ミュージックの語源は、音楽、舞踏など芸能の神、Mousa=ムーサから。ムーサがつかさどる技芸をmousicae=ムーシケーと呼び、ここからラテン語のmusica=ムジカが派生し、ミュージックの語源となった。
次に、「歌」は英語ではsong=ソング。
フランス語ではchanson=シャンソン、イタリア語でcanzone=カンツォーネ、スペイン語でcansion=カンシオンとなる。
これらは、ラテン語で「歌う」「賛美する」を意味するcanto=カントに由来するとされている。
ちなみに、オペラや独唱で使われるベルカント唱法も、イタリア語の Bel Cantoつまり「美しい歌(歌唱)」の意味から。
これらには共通して「はねる音」、つまり撥音(はつおん)が含まれており、語源の同一性が感じられる。
ところで、日本語では、「うた」に「歌」「唱」「唄」「譜」「詩」「詠」「吟」等の漢字が当てられている(実際にはまだある)。
「歌」は最も広義に使われている。
「唱」は、声をあげて歌う(となえる)。
「唄」は、ことばに旋律やリズムをつけて声に出すものやその言葉を指す。
「譜」は、音楽の曲節を符号で表したもの、楽譜。
「詩」は、「唄」とほぼ同意だが、より言葉に重きを置いていると考えられる。
「詠」は、詩歌を作ること、あるいは作った詩歌。声を長く引き、節をつけて詩歌を歌う事。
「吟」は、声に出して詩や歌を歌うこと、作ること。
以上、かなり細かい。
さて、クラシック音楽とはいかに。
Wikipediaによれば、クラシック音楽(Classical Music)」という用語は19世紀までは使われていなかったらしい。その頃、J.S.バッハやベートーベンの時代の音楽を復活させようという試みがなされ、他の音楽と区別し、「古典的」を意味するクラシック(classical)という言葉が使われたそうである。ちなみに、
初めてオックスフォード英語辞典で「クラシック音楽」というものが扱われたのは1836年のことだとか。
しかしそうだとすると、「クラシックの現代曲」というジャンル名は、その名称自体が内部矛盾している。
そこで、こう考えてはいかがだろうか。
クラシック音楽は、宗教音楽や声楽、器楽曲や室内楽、交響曲etc.と、いろんな様式に分類されている。そういったクラシック音楽の様式の流れをくんだ現代曲と考えれば、腑に落ちなくもない。
他方、オックスフォード英語辞典でclassic やclassicalを引いても、class=分類、種類との関連性は見つからないものの、主観的にはまんざら無関係とは思われないのである。
つまり、器楽曲や室内楽曲、交響曲のようにclassified=きちんと分類された音楽という意味からclassical musicになったという解釈もできるような気がするが、諸賢の見解ははいかに。
次に、バロック音楽とは16世紀末から18世紀中頃までのヨーロッパ音楽を指す。個人的に好きなトマス・タリス、ウィリアム・バード等に代表されるルネサンス音楽と、ハイドン、モーツァルト、ベートーベンといった古典派音楽の間に位置する。バッハ、ヘンデル、テレマン、ヴィヴァルディ、パーセル等がその代表とされる。この時代に、近代的な和声法や長調、短調の体系、そして通奏低音を基本とした作曲技法が確立された。
baroque(仏) =バロックとは、元々はポルトガル語やスペイン語のbarroco(バローコ)=ゆがんだ真珠から派生した言葉だとか。
フランス語では、「奇妙な」「風変りな」といった意味のようである。
現在では、荘厳で宗教的なイメージのバロック音楽が、当時は異端に感じられたというのは、なかなか興味深い。
日本でいえば、仏教が全盛の時代にキリスト教が入ってきたような感じだろうか。
次に、西洋音楽における歌手の声域区分について。
まずsoprano=ソプラノ(伊)は、ラテン語の「最も高い、はなはだ上の、最も外の」という意味のsupremusから。英語のsupreme やsuperと同源である。
alto=アルトの語源はラテン語のaltus(高い)から。
中世の多声楽曲で、alto は基本となる声部tenore =テノールよりも高い男声の声部を指していたが、いつの間にか女声の低音域へと変化していった。
ではそのテノールとは。
ラテン語で「保つ」「維持する」を意味するtenere=テネレから派生して、テノールと呼ばれるようになったと言われている。
英語のsustainable(持続可能) の動詞sustain(状態を持続させる)や、maintenance(整備)の動詞maintain(状態を維持する)などの言葉の-tainは「〜を保つ」の意味をもった接尾語で、これもテノールと同じ語源の言葉である。
何を「保つ」のかというと、「主旋律を保つ」ことで、元々グレゴリオ聖歌の長く延ばして歌う部分を指し、その声部を担当していたからと言われている。
baritone=バリトンは、ギリシア語の「低い音の」の意のbarytonosが語源である。初め(16世紀)はbass=バスと同義に用いられ,最も低い声部を指していたが、のちにバスと区別された。
ちなみに英語では、スペルはbassで「ベイス」と発音する。 おそらくbase=ベース(基底、底)と同源かと思われる。
ここまでで、かなりの誌面を費やしてしまった。
さて話を進め、まずは馴染みの交響曲から。
symphony=交響曲は、symとphonyから成っている。
symはsympathy=同情、共鳴、同感のsym、phonyはphone=
音、音声の同源、つまり「交響」とは実に上手な直訳なのである。
ちょっと難解なのが、concerto=コンチェルト(協奏曲)。
「独奏楽器あるいは独奏楽器群とオーケストラ(管弦楽)のための楽曲」と定義されている。
最後が-oなので、イタリア語の男性名詞だということは想像に難くない。
が、そのイタリア語では音楽会=コンチェルト 、そして協奏曲も同じくコンチェルトと発音される 。
ラテン語のconcertare=コンチェルターレ(音を合わせる)に由来している。つまり、コンサートと協奏曲は同源ということである。
con-は「共に」「協-」、certoは「認識」や「決定」の意がある。
英語のcertein=確認する、確信する と同源と思われる。
英語では、ピアノ協奏曲はpiano concertoとイタリア語に近い表記となる。
concertoには、「論争する、競争する」という意味もあるが、一方で「協調する」という意味もある。「独奏楽器(群)とオーケストラとのかけ合い」というのが元の意味であろう。では、音楽会のコンサートは?となるが、なかなか明快な解答が見つからない。音楽会で協奏曲がよく演奏されたため、音楽会の代名詞となったのではなかろうか。
divertimento=ディベルティメントは、喜(嬉)遊曲と和訳されている。
concertoと同様、英語でもイタリア語と同じスペルで、母音で終わっている。
英語のdiversion=気晴らし、娯楽と同義で、「喜遊」の字を当てたものと考えられる。器楽組曲で、明るく軽妙で、深刻さを避けた楽曲を指す。ちなみに、医学用語でdiverticulumは憩室(消化管の一部にできた袋状の陥入)と和訳されているが、これも同源であろう。(消化管の)流れから小さな路地のように引っ込み、ほっとできるような(流れから外れた)部分という意味合いからではないだろうか。
似たものでserenade=セレナードがあるが、こちらは小夜曲と和訳されている。前者が室内演奏用であるのに対し後者は屋外演奏用とされている。
セレナードはもともと、男性が夜、女性のいる窓辺に向かって女性を口説くための曲であった。serenadeはラテン語のserenus=平穏な、が語源とされている。世の中が平穏でないと、こんな口説き方はできないからだろうか。
そのうち、夜に野外で演奏される曲全般を指すようになった。
モーツァルトのEine Kleine Nachtmusik=アイネ・クライネ・ナハトムジークK.525は、小夜曲をそのままドイツ語にしたもので、モーツァルト自身が目録に書き加えたとされている。
nocturne=ノクターンは、夜想曲と和訳されている。夜の情緒をテーマにした叙情的な曲のジャンル。語源はラテン語のnox=ノクス(夜)から、その複数形が「ノクティス」これが英語化したものである。因みにフランス語では「ノクチュルヌ」と発音する。
さて、ballade=バラードは譚詩曲と和訳され、その名の通り世俗の叙情歌で、詩的な側面もある。
面白いところでは、capriccio=カプリッチョ。和訳では奇想曲。
Wikipediaでは「形式が一定せず自由な機知に富む曲想」と解説されている。かなりアバウトな定義である。
英語、仏語ではcaprice=カプリースと発音され、「気まぐれな」と和訳されている。 以前、イタリア人の患者に、カプリッチョとはどんな意味か尋ねてみた。彼が挙げた例として、「家に帰ってみたら子供が室内を散らかし放題にしていて驚いた、そんな感じ」と、説明してくれた。下手な英語で、「beyond expecting?」と聞き返したら「so!」と言ってくれた。現代語では「うそっ!」と言った感じだろうか。カプリッチョとは、そこまで極端ではないにしろ、「何があっても構わない曲」といったところではないだろうか。