そうだったのか語源⑯ −略語について その1−

最近はとにかく略語が多い。

KYが「空気読めない」の略語だというのは別として、普段何気なく使っている略語について語ってみたい。

日本語でも、中学英語の「三単現」や最近の「就活」「婚活」といった略語はあるが、漢字は表意文字ゆえ、字面からある程度意味を汲み取ることができる。

一方、アルファベットはひらがな同様表音文字のため、頭文字等で表記された略語から意味を推し量ることはできない。

したがって、アルファベットの略語は、ある業界や分野、あるいは社会で周知されているものでなければ意味がない。しかも、同字異義語が多いことにも注意が必要だ。

今回はアルファベットの略語から確認してみたい。取り上げる略語は、思いついたものとそれから派生するものを芋づる式に列挙しただけで特に深い意味はない。

まず、生活に不可欠なW.C. から。

これはwater closetの頭文字をとったもので、 closet=クローゼットには、個室や秘密の場所といった意味がある。その名の通り、水洗式になってからできた言葉で、それまでの旧式のものと区別して使われたようである。ちなみに、現在は英語圏ではあまり使われていない(rest roomやpowder room, toilet等が一般的)。

ちなみに、ウールマークの認定を行う組織もWC=The Woolmark Company である。

酸アルカリの表示に使うpH(ペーハーあるいはピーエイチ)は、水素イオン(濃度)指数と和訳されているが、potential of hydrogenの略であり、直訳すれば水素イオン力価といったところか。

ISOコードでは国名のフィリピンもPHと表記される。

近年環境汚染で注目されているPM2.5。

PMとはparticulate matterで、和訳で微小粒子状物質、あるいは粒子状汚染物質と和訳されている。2.5とは2.5μ(1ミクロン=10-6m)を表している。この大きさより小さいと、呼吸器系など健康への悪影響が大きいと考えられている。ちなみに、午後のこともpost meridiemの略でPMと表記される。

さて、すっかり社会に溶け込んだ感のあるITはinformation technologyで情報技術、最近はやりのAIはartificial intelligenceで人工知能とそれぞれ和訳されている。

ちなみに、artisticは芸術の、あるいは芸術的という形容詞であるが、もともとartはnature=自然の対義語であり、人が作ったもの、あるいは人が手を加えたものという意味合いがあったようである。そこからart-のつく人工も芸術ももともとは同源であることがわかる。

最近は「手作り」が付加価値を生むが、この語源が「自然」の対義語であることはある意味皮肉である。

次に、BSはbroadcasting satellitesで、一般的には衛星放送と訳されるが、文字通りに和訳すれば放送衛星である。この辺の事情に拘泥すると事が先に進まないのでスルーすることにしよう。

その放送番組で使われるMCとは、master of ceremony の略で、番組全体を仕切る役をいう。他に、アメリカの国会議員もMember of CongressでMCと表記される。他に、Main Characterの略で,主人公,ヒロインのことも指す。さらに、Microphone Controllerの略で、ラップをする人のことも(ヒップホップの用語)。他にも多々あるが割愛する。

さて、クルマのガラスや化粧品等で使われるUVカットのUVとはultravioletで紫外線。ではもう一方の赤外線はというと、IRでinfraredの略である。ultra(超)もinfra(下)も上下という概念で表現されているが、日本語では上下よりも内外の印象が感じられ面白い。ちなみに、近年物議を醸したIR法のIRはintegrated resortの略で、統合型リゾートと和訳されている。

IHクッキングのIHはinduction heatingの略で、誘導加熱と和訳されている。 電磁誘導により金属製の調理器具を自己発熱させ調理する仕組みである。

さて、テレビをはじめとする家電製品には、かつては真空管が使われていた。 当時の家電は、電源を入れてから起動するまでに時間を要した。それがトランジスタに、そしてICに進化し、電源を入れてから稼働するまでの時間が飛躍的に短縮された。ICはintegrated circuitの略で集積回路と和訳されているが、トランジスタやダイオード、抵抗等を一つの半導体チップにまとめたものである。

LEDはlight emitting diodeで、発光ダイオードと和訳されている。diode=ダイオードとは、整流作用をもつ電子素子で、もともとは2極真空管だった。ギリシャ語の2を表すdi-と電極を表すelectrodeとの造語である。現在はダイオードといえば半導体ダイオードを指す。

医療分野でレーザー治療は大活躍している。歯科治療でも汎用されるレーザー=LASERだが、Light Amplification by Stimulated Emission of Radiationの略語で、「輻射の誘導放出による光増幅」と和訳されている。結果的に、光を一方向に集めて増幅させたものである。

次は軍事関連の造語について。

最近、ミサイルの脅威が叫ばれているが、兵器に関してはICBMというミサイルの名前は馴染み深い。intercontinental ballistic missileの略で、大陸間弾道ミサイルと和訳されている。このballisticはボール=ballの軌道が語源らしい(根拠のある推測)。ちなみにSLBMは、submarine-launched ballistic missileの略で、潜水艦発射弾道ミサイルと和訳されている。PAC3はPatriot Advanced Capability3の略語で、かつて湾岸戦争に使われた米国製の地対空ミサイル、パトリオット(愛国者の意)の進化型という意味であろう。

続いて、米国から輸入したP3-Cという哨戒機があるが、このPはpatrol plane=哨戒機のことを指す。この「哨」については語源の⑦で触れたので、ご興味のある方は参照されたい。

ちなみに米国では、軍用機のFはfighter=戦闘機、Bはbomber=爆撃機、Cはconveyer=輸送機をそれぞれ指す。

以上のような例を挙げると、いかにも私が好戦家のように思われそうだが、筋金入りの軍備増強反対派である。

次に、パソコンやインターネットに関連するものをいくつか取り上げてみたい。

まず、HTTPとはhypertext transfer protocolの略称で、ネット上での通信に関する規約(手順)を指す。HTTPでは、データを受信する側(クライアント)が要求をサーバーに伝え、それに対してサーバーが応答する。我々は何気なくサイトを見ているが、機械的にはこういうプロセスを踏んで、結果として目的のサイトに行き着くのである。実に便利になったものである。

URLとは、uniform resource locatorの略称で、インターネット上に存在する文書や画像などの情報資源の場所を指し示す技術方式で、いわばサイトの住所である。適当な和訳は見つからない。

サイトの最初に出てくるWWWはworld wide webの略で、世界中に張り巡らされたクモの巣のような(ドキュメント同士の)つながりという意味である。

HTMLはhyper text markup languageの略称で、「ハイパーテキストに目印をつける言語」といった意味である。 ハイパーテキスト=HyperTextとは、ハイパーリンクを埋め込むことのできる高機能なテキストである。 そしてハイパーリンクとは、ウェブページで下線の付いたテキストなどをクリックすると別ページへ移動するリンクのことである。HTMLには、このハイパーリンク機能で関連する情報同士を結びつけて、情報を整理するという特徴がある。

ファイルの形式でPDFというものがあるが、Portable Document Format(ポータブル・ドキュメント・フォーマット)の略で、紙に印刷するのと同じ状態のイメージで保存する形式を意味する。

CPUとは、中央演算処理装置=Central Processing Unitの頭文字をとったもので、要するにコンピューターの中枢部分であるが、これは感覚的にわかりやすい。

次にUSBだが、Universal Serial Busの略である。busとはデータの伝送路(交通機関のバスと同源)で、serial busとは一度に1ビットずつ逐次的にデータを送ることを指す。ホスト機器(中心となるコンピューター等の機器)に様々な周辺機器を繋ぐための伝送路の規格のことである。universalという言葉通り、USBマークの付いたコネクタは、様々なものと接続できることは実感できよう。

ハブ=hubは、もともと車輪の中央部のスポークが集まるところを指し、そこから複数のネットワーク装置を接続する集線装置を指すようになった。ハブ空港なども同様の使い方である。

ルータ=routerはroute=道、経路から由来し、データを二つ以上の異なるネットワーク間に中継する装置のことをいう。ちなみにhubとrouterは略語ではない。

最近流行りのblog=ブログについて。このコーナーもそのブログである。

blogは、これもれっきとした造語で、web(ウェブ)上にlog(ログ:記録)を残すという意味のweb log(ウェブログ)の略である。ちなみに、この-logはカタログ=catalog 序文=prolog 結末=epilog 独白=monologにも使われている(-logueとも書かれる)。それにしても中途半端なところで切ったものだとも思うが、microphoneも「マイクロ」ではなく「マイク」という切り方をするのと同じようなものか、このあたりは勉強不足でよくわからない。

DVDはDigital Versatile Discの略で、この中で馴染みの薄いVersatileとは、「多機能な」といった意味である。

今度は、車に関する略語を挙げてみたい。

近年流行りのハイブリッドカー(HV)はhybrid vehicleの略で、二つ以上の動力源を持つ車を指す。日本で一般的にハイブリッド車と呼ばれるクルマは、内燃機関(エンジン)と電動機(モーター)を動力源として備えた電気式ハイブリッド車でhybrid electric vehicle =HEVである。ちなみに電気自動車はEV=electric vehicleである。

ターボ等、過給機搭載のエンジンに対し、自然吸気のエンジンをNAというが、これはnatural aspirationの略である。

4WDは四輪駆動でfour-wheel drive の略、または all-wheel drive(総輪駆動あるいは全輪駆動)の略でAWDとも表記される。ちなみに、前輪駆動はFWD=front wheel drive、後輪駆動はRWD=rear wheel driveである。

蛇足ながら、ハンドルもホィールというが、正式にはsteering wheelで舵輪と和訳される。

SUVとはSport Utility Vehicleの略で、スポーツ用多目的車と和訳される。  似ているものに、RV=レクリエーショナル・ビークル (アメリカ英語: Recreational Vehicle)というものがある。もともとはキャンピングカーを指したようだが、要するに娯楽用のクルマといった意味であろうか。

現在は、前者は主に舗装されていない道を走行することに適したクルマを指し、後者は、前者に加え、ワゴンやミニバンも指すようである。

GTはグランド・ツーリング(Grand Touring)の略で、本来の意味は、かつてイギリス貴族の子弟が行っていた「グランド・ツアー」つまり「大旅行」に由来する。転じて長距離移動を快適に行うための乗用車を指すようになった。現在使われるGTとは随分イメージが異なる。

最後にNGとNPについて。

NGはテレビなどで、ダメ出しや失敗の意味でよく耳にする。もちろんno goodの略だが、和製英語なので海外では通じない。

一方NPはno problemの略で、「問題ないよ」「気にしないで」「平気です」などの意味。医療のカルテでは、特記すべきことなしの意でnot particularの略でNPを用いることもあり、こちらは海外でも通じる。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)