前回に引き続き、国名や地名等について触れてみたい。
まず、英国、米国、独国、仏国等、漢字の略語表記されている国名について。
これらの多くは、中国語による発音を模した当て字からきている。
のちに、日本語の漢字を当てたものもある。
まずイギリスは、中国語で英吉利(yingjili)なので「英国」、アメリカは江戸時代の日本語の漢字で米利堅(メリケン)国、ちなみに中国語では美利堅(つまり略称は「米国」ではなく「美国」となる)と表記される。またちなみにであるが、イギリスという呼称の語源は、イングランドを意味するポルトガル語のInglez(イングレス)だとされている(現在でいうイングランドではなく、連合王国のUK全体を指している)。
江戸時代に交易のあったポルトガルからの又聞きの表現を今も使い続けているというのも不思議である。当然ながら、イギリス人に「イギリス」と言ったところでなんのことか全くわからないであろう。
次に、我が国とは長い付き合いのあるオランダは、オランダ語ではNederland(ネーデルラント)という。
これは「低地の国」あるいは「低地地方」を意味する普通名詞に由来する。
オランダの漢字表記は、和蘭、和蘭陀、阿蘭陀、荷蘭陀、荷蘭、尼徳蘭等と表記され、「蘭国」と略される。由来はポルトガル語表記の「Holanda」が、戦国時代にポルトガル人宣教師によってもたらされたことによる。イギリスの場合同様、当時直接交易のあったポルトガル語表記の影響を受けている。
ちなみに、当のポルトガルの「葡萄牙」という表記はかなり難解か。
ドイツは、本国ではDeutschland(ドイチラント)で、「独国」と略されるが、これは日本語漢字表記の「独逸」の略語である。
ちなみにGermany(ジャーマニー)はドイツの英語表記で、ゲルマン民族の呼称から来ている。
フランスの「仏国」は同じく日本語漢字表記「仏蘭西」の略語であり、当然ながら仏教とは無関係である。
一方、オーストラリアの日本語による漢字表記は「濠太剌利」で、漢字1文字で書くと「豪」と略され、漢字2文字の場合は通常「豪州」と表記される。
さて、国名とはやや離れるが、中東と極東といわれる地域がある。
中東は、アラビア半島からアフガニスタン、パキスタン、インド、新疆ウイグル自治区、チベット自治区、中国の青海省にかけての地域を指し、極東は日本をはじめ、極東ロシア、朝鮮半島、中国、そして東南アジアの一部を指す。
実はこれ、欧米、および経度(グリニッジ天文台を通る0度)から見た表現である。ヨーロッパを中央に表記した地図(日本が右端にあるもの)を想像すれば理解できよう。
もともとヨーロッパでは、それより東方をNear East(近東)とFar East(極東)に大まかに区分したが、19世紀に植民地支配の観点からイギリスなどにより、Middle East(中東)、つまり近東と極東の間という概念が生まれた。
ちなみに近東とは、バルカン半島からトルコ、エジプトにかけての地中海東岸域を指す(要するにかつてのオスマン帝国の領域)。
次に、中国由来の地域名に触れてみたい。
南蛮というとネギを連想する方も多いが、これは、16世紀頃から来日していたイベリア系(スペイン、ポルトガル)の人々が、ネギを好んで食したことに由来しているという。当時この人々は南蛮と呼ばれたマカオやルソンを支配していた。また彼らは香辛料も好きだったため、唐辛子を入れた漬物を南蛮漬けと呼ぶようになったとか。
その南蛮とは、中国を支配していた漢民族がつけた名前である。服を着ておらず、採取生活をしていた南方の人々を差別意識を込めそう呼んだ。
「蛮」とは「虫」を部首とし、人として扱っていない悪字である。
漢民族の中華思想(中国こそが世界の中心といった考え方)から、自らの支配下にならない民族を見下し、その国々を四夷(しい)と呼んだ。
四夷とはその位置に従い、東夷(とうい)、北狄(ほくてき)、西戎(せいじゅう)、南蛮という蔑称のことである。ちなみに日本は東夷にあたる。
いかにも中国らしい命名であるが、わが国でも江戸時代に「尊王攘夷」という言葉にあるように、敵国を上から目線で、自らを鼓舞する表現があったようだ。
さて、海洋のなかに太平洋と大西洋があるが、前者に「太」、後者に「大」が使われている。
太平洋という名称は、大航海時代にマゼランが世界一周の航海中につけたとされている。
南米最南端のマゼラン海峡を通って大西洋から太平洋に入った時、波の荒い大西洋に比べ太平洋が穏やかだったことから、ラテン語で「平和な海」を意味するEl Mare Pacificum (英語ではPacific Ocean)と名付けたため、日本語では「太平な海」の意味で太平洋と訳されたのである。
一方の大西洋はAtlantic Oceanのことだが、英語名はギリシャ神話のアトラスに由来しているが、日本語の大西洋という名前とは全く関係がない。ヨーロッパの西にある大きな海くらいの意味であろうか。
最後に、地理的なものとはあまり関係ないが(いや、少しはある)、トリビアとして「幾何学」について。
「幾何」とは如何に?と言いたいところである。我々日本人のほとんどは、「幾何」という言葉に何のイメージもわかないのではなかろうか。
「幾何学」は図形や空間を研究する数学の1分野で、ラテン語でGeometria,英語ではgeometryという。
geo-は「地」を、-metryは「測定」を意味し(長さのメートル=meterと同語源)、もともとは「土地計測学」つまりは「三角測法」を指していた。
一般的にはGeometriaの”geo”を中国語に音写(表音)したものが”幾何”であると説明されている。
しかし近年の研究では、清代に中国に滞在したイエズス会士が計量のことを”幾何”と翻訳していたようで(要するに、英語でHow many-? How much-?といったところか)、どちらかといえばGeometriaの”metria”を中国語訳したものであるという説もある。
表音か表意か、なかなか意味深長である。
(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)