若い方はご存じないかもしれないが、舶来という言葉がある。
舶来品などという使い方をするが、今ではめっきり使われる機会が少なくなったように思う。還暦を過ぎた人間からすると心なしか寂しい。
同じように、ハイカラなどという言葉も最近は滅多に耳にしない。30歳台以下の方々にはかえって真新しく聞こえるかもしれない。
さて「舶」とは、沖にもやいして岸には着けない大きな船を意味する言葉で、のちに海を渡るような大きな船を指すようになった。「船舶」もこの意味で使われる。
高度成長期以前の日本人にとって、舶来品とは、海外から船ではるばる運ばれてきた(高級)品というイメージが、長い間コンセンサスになっていたような気がする。
さすれば、舶来という言語には、我々日本人の「列強」に対するコンプレックスが多分に含まれていたのかもしれない。
昨今の日本人は、「Made in Japan」を見て安心するところがある。誇らしいことに疑う余地はない。もはや、舶来に「高級」といった意味がなくなったため使われなくなったという側面も否定できまい。
ということは、高度経済成長期の弊害もあるが、ある意味、そこで日本人のアイデンティティを再確認できたという評価も成り立つ。
やや、いやかなり今回のテーマから外れてしまった。
閑話休題。
もともと日本語は、かなり繊細なニュアンス(すでにこういった外来語に逃げてしまっている)まで表現できる言語だった。
かつて日本人に対して海外から、コミュニケーションに伴う表情が乏しいとの指摘があった。それはひとつに、日本語という言語が素晴らしく表現力があるからではないだろうか。
例えば、我々世代の日本人が初めて覚えた英語は[This is a pen.]。
普通、「これはペンです」と和訳する。
しかし、もしかしたら「これはペンだよ」かもしれないし、「「これはペンだぜ」あるいは「これ、ペンなのよ」かもしれない。こういう微妙なニュアンスを、ジェスチャーや発声の抑揚を交えずに表現できるのが日本語の卓越した表現力と言えまいか。
また、和英辞典より英和辞典のほうが、原語に対する訳がずっと多いことでも、いかに日本がより多くの表現を持っているかを如実に物語っている。
ところが、現在では本来の日本語より外来語を使ったほうが、話者聴者双方の概念を一致させやすい場合があることも事実である。
先ほど心ならずも使ってしまった「ニュアンス」という言葉だが、「表現、感情、色彩などの微妙な意味合い、色合い」というのが日本語による解説だが、個人的には「機微」という日本語が最も近いような気がする。
しかし、現在の日本のGDPを担っている中心的な世代以降の世代(回りくどい言い回しをしているが、その辺の機微を斟酌していただければ幸甚である)では、機微よりニュアンスのほうがイメージ(また外来語である)が伝わりやすいのではなかろうか。
ことほどさように、身の回りにはそういった意味のわかりやすい、換言すればそれに相当する日本語のほうがわかりにくい言葉は枚挙にいとまがない。
あるいは、日本語を弁護するようだが、日本語だとあまりに意味が直接的で、それをオブラートで包んだような表現のほうが、意思の疎通に際し角が立たないのかもしれない。
幾つか例を挙げてみたい。
先ほど心ならずも使ってしまった「イメージ」もそうであろう。
「心の中に思い描く姿形、情景、心象」という和訳だが、「イメージ」のほうが日常生活に馴染んでいるのは、簡単、かつ短い言葉だからかもしれない。もちろん、日本語にはない「舶来」的軽快さもその要素と考えられる。
また、「フィーリング=feelingが合う」とは、直訳すれば「感覚が合う」ということだが、性格が合うとか、相性がいいといった意味合いも含まれているように思う。
そういった概念を緩く最大公約数的にまとめあげて、しかも逃げ道も塞がないようにするには、フィーリングという外来語が実に便利なのである。
コンセプト=conceptという言葉も同様な使われ方をしている。「概念、意図、構想、テーマ」といった意味だが、日常生活に定着したのはそう以前のことではない。「舶来」語を用いることによるモダンさ、あるいはアカデミックな響きが受けたのかもしれない。
しかし、「舶来」語もあまりに一般化すると、ある意味新鮮さを失うためか、また別の国の言語が使われるようになることがある。
これはお店の名前などにも言えることである。
「イメージ」を仏語で「イマージュ」と言ってみたり、「ウェディング」を同じく仏語で「マリアージュ」、英語の「エアー」を独語で「ルフト」(医学用語としてかつては頻用していた)、「ズボン」を「パンツ、ボトム(ス)」等々。
その他、外来語のほうが日本語より頻用されている言葉の例を幾つか挙げてみたい。
郵便投函箱→ポスト
自動車でどこかへ行くこと→ドライブ
周遊旅行、団体旅行→ツアー
周遊船旅行→クルーズ
制御、統制、管理、規制→コントロール
対比、対照→コントラスト
程度、水準、段階→レベル
隅、部分、区画→コーナー
首位、最高幹部→トップ
触覚、筆づかい、指使い→タッチ
訴える力、魅力→アピール
地位(の高さ)、身分(の高さ)→ステータス
主導権→イニシアチブ(イニシアティヴ)
感覚、感性→センス(既出)
要求、必要性→ニーズ
献立表→メニュー(仏)
予定表、番組表→プログラム
料理の作り方、調理法、秘伝→レシピ
やり方、技術、知識→ノウハウ
上品で落ち着いている様子→シック(仏)
衣装、服装、身なり、出で立ち→コスチューム
顔形、容貌、器量、外見→ルックス
知識階級→インテリ(インテリゲンチア)(露)
特定の分野物事を好み,関連品または関連情報の収集を積極的に行う人
→マニア(近年では「おたく」という日本語が存在感を示している)
情報媒体→メディア
新聞、雑誌の編集者、記者→ジャーナリスト
運動選手(とりわけ陸上競技)→アスリート
不調、低迷→スランプ
根源、起源、祖先→ルーツ
禁欲的な生き方→ストイック
助手、補佐→アシスタント
特に優れた品質として認知されている商品の名前や標章→ブランド
基準、基礎、土台→ベース
思想、観念、信条→イデオロギー(独)
階級制、階層制→ヒエラルキー(独)
()は起源の外国語、それ以外は英語
まだまだ枚挙にいとまがないが、エンドレスになりそうなので、このテーマについては一応のフィナーレとしたい。
(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)