歯の経年変化

2024年3月



歯の経年変化

 毎日多くの方々の歯を見ていると、つくづく感じることがあります。
 10歳代と60歳代以降の方々では、同じ歯番(歯の種類の番号)の歯かと思うほど状態が違うことがあります(あくまで平均的な傾向で、中にはあまり変わらない方もいます)。
 例えば歯の色。
 若い方では、歯は白く透明感がありますが、年齢とともに色が濃くなり、やや黄色味を増してきます。
 これは、ひとつには咬耗(こうもう)といって、噛むことによって歯がすり減り、そのためエナメル質の内側にある色の濃い象牙質が透けて見えたり、あるいは露出するためです。
 また、象牙質自体が経年により黄色味が強くなることもあります。その他、歯に生じた細かな亀裂に飲食物の色素が入り込んだり、色素が直接歯質に沈着することもあります。 
 お茶の着色等、表面的な色素沈着であれば研磨で比較的容易に落とすことができますが、歯質自体の変色はなかなか難しいというのが正直なところです。
 ホワイトニングといって歯質を漂白する処置もありますが、以前にも申し上げた通り、私は長期的な歯のためには、決して良い方法とは思いません。
 個人的には、不自然に白い歯より、年齢相応の健康的な歯が美しいと思っています。
 次に、先に触れた咬耗や磨耗(咬耗以外が原因のすり減り)で、歯の形が変化します。
 前歯では、特に下の歯の先がすり減り平面になったり、時には象牙質が露出し線状に黒っぽく見えることもあります。でも、症状がなければあえて治療の対象とは考えていません。
 また臼歯では、象牙質が露出したり、若い頃にあった咬頭(山の部分)や裂溝(谷の部分)が消え、ちょうど氷河が山を削り取ってできたカールのようにツルッとした曲面になっていることもあります(私の歯も一部この状態です)。これらのすり減りにより、水がしみたり、時には神経が露出し激しい痛みを生じる場合もありますが、多くはすり減りがゆっくり進行するため、内部に向かって歯質が厚みを増し(二次象牙質、第二象牙質といいます)、神経に刺激が伝わらないように守られています。
 磨耗の中には、アブフラクション(abfraction)といって、食いしばり等の過度の力により、歯の根元に応力が集中し、その部分の歯質が欠けてしまう症状があります。むし歯ではなく、爪や先の細い物で歯の根元に段差を感じたり、時に水がしみるような場合は、このアブフラクションの可能性があります。これは充填や、ナイトガードという歯ぎしり防止装置で対応できます。
 また、歯根露出といって、本来歯根を覆っている歯肉や歯槽骨が退縮し、歯根自体が露出することがあります。歯周病があればこの傾向はさらに顕著になります。歯根露出がなければ、歯の口腔に出ている部分は、本来全てエナメル質に覆われています。エナメル質は石灰化度が高く(安定した結晶構造)、酸に対しても比較的抵抗力がありますが、象牙質はこれより石灰化度が低いため、容易に脱灰(だっかい=結晶構造が壊れて溶ける)されてしまいます。
 ちなみに、歯は酸性の食品を口にするたびに、脱灰と唾液による再石灰化(結晶構造の再構築)を繰り返していますが、象牙質ではより脱灰が進みやすく、むし歯(細菌が作る酸による脱灰)や酸蝕症(酸自体による脱灰)が起こりやすくなります。 
 脱灰が起こりやすい、つまり結晶構造が壊れやすいということは、結晶構造自体が他の物質に対し反応しやすいともいえ、むし歯予防のためのフッ素も比較的容易に取り込みやすいのです。
 生えたばかりの歯は結晶構造的には未熟ですが、その反面反応性が高く、フッ素を取り込みやすいため、小児の場合、フッ素によるむし歯の予防効果が大きいのです。歯根露出した歯も、同様に対応できます。
 ちなみに、未熟な歯は、歯髄(歯の神経)からのカルシウムや唾液のカルシウムによって再石灰化しやすく、経年的により安定した結晶構造になっていきます。
 これは歯の結晶構造の成熟であり、プラスの経年変化といえるでしょう。
 さて、世の中に加工食品が増え、それに伴い子供たちの食事での咀嚼が減った頃、硬いものを噛むことは歯に良いと、無条件に言われていた時期がありました。
 噛むことにより唾液の分泌が促進されますから、噛むこと自体は健康のためとても意義のあることです。ただし、一概に何歳とは言えませんが、ある年齢になったら極端に硬いものを噛むことは、歯科医としてはお薦めしません。
 年齢を重ねるうちに、歯は経年変化の中でも特に「経年劣化」している場合があり、歯は脆くなります。そして破折(はせつ=割れる)する場合が多くなります。
 建物を例に挙げるなら、その外壁は夏の暑さと冬の寒さ、そして風雨に晒され、築年数を重ねると塗装が剥がれたり、ひび割れが起こるようになります。
 歯も本人の自覚とは別に、経年的に噛むという力による負荷、温度変化や酸の侵食等、かなり過酷な環境に晒され、劣化しやすくなります。 
 エナメル質の一部分の破折であれば、比較的簡単な処置で対応できますが、極端な場合、歯根が破折してしまうと、その歯を残したり、あるいは歯として機能させることがとても難しくなります。
 抜歯になると、その後はブリッジや義歯、インプラントで対応することになります。一番奥の歯であったり、噛み合わせの歯がなければ、当面そのまま様子を見るという選択肢もあります。
 しかし、当然ながらというか皮肉にも、歯根破折は最もよく使う、つまり咀嚼の主体となる歯で起こりやすい傾向があります。そして、その歯が失われるということは、日常の食事においてとても不自由なことです。
 改めて実感するのは、それだけその歯が自身の栄養摂取に関わり、いきおい生命維持に携わったという証拠でもあるのです。偉大ですね。その歯を労わりましょう。
 ですから、くどいようですがもう一度言います。
 ある年齢になったら、極端に硬いものを噛むことは避けたほうが賢明です。
 これまでお世話になった歯を労わりながら、そして人生の友として共存していきましょう。

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