歯科の特殊性

2023年7月



 医療の中では、歯科医療はやや特殊な分野となります。
 まずは、歯科治療のほとんどは代替(読みは「だいがえ」ではなく「だいたい」です)医療だということです。元通りにできないので、代わりの物で置き換えるという医療です。
 これは、歯に関わる場合において、という条件付きです。
 歯科分野では、「歯」そのものと「歯周組織」、つまり歯の周囲の組織では、捉え方が大きく異なります。
 一番の違いは「代謝」が旺盛かほとんどないかです。
 「代謝」とは、細胞や組織の入れ替わりです。
 「代謝」は英語のmetabolismの和訳です。ちなみに、肥満を意味する「メタボ」の語源はこのmetabolism=代謝ですが、この「メタボ」も一種の代謝障害を表す言葉です。肥満は、細胞レベルでいうとエネルギー(カロリー)の収入が支出を、正常域を超えて上回っている状態です。
 さて「代謝」とは、ひとつは新陳代謝、つまり古くなったものが新しいものと置き換わるということと、もうひとつ自分以外のものを摂取して、自身の身体の一部にしたり、エネルギーに変換することです。これは、生体を維持するために必要不可欠な営みです。生体には寿命がありますが、それを構成する細胞の寿命はそれよりずっと短く、それでも細胞分裂により常に老化した細胞が新しい細胞と入れ替わって、総体(全体)としての生体を維持しています。
 歯は、完成(成熟)後は生体の中でも特に代謝の乏しい組織で、細胞の置き換わりは歯髄(歯の神経)組織を除いてほとんど行われません。それでも、全く起こらないわけではありません。歯がすり減れば、その分歯髄の側に歯質の添加が起こり、歯髄を外界から守ろうとします。
 歯の代謝に比べ、歯周組織のそれはかなり旺盛です。ということは、自然治癒力も強いし、炎症も起こりやすいということです。炎症は侵襲(外から自身への攻撃)による損傷を修復しようとする生体反応ですが、炎症が長引いて慢性化すると、歯周組織の一つである歯槽骨(歯を支えている骨)が後退、あるいは消失(溶ける)して歯周病が進行してしまいます。歯肉炎(表層の歯肉だけの軽度の歯周病)程度であれば原因のプラーク等を除去すれば、自然治癒力により比較的容易に治ります。
 つまり歯周組織の炎症は、慢性化させないことがとても重要です。
 さて、病気や怪我をしたとき、医師から「安静にしてください」と言われることがあります。
 「安静にする」とは、その部分をできるだけ使わずに休めることです。
 しかし、食事をしないわけにはいきません。口はひとつですから、食事の際患部を使わないようにしても、少なからずそこには負担はかかります。つまり、歯科では完全な安静という状態は保ちにくいのです。
 一方で、口腔は薄い粘膜で覆われているため、外界に対するバリアーとしては皮膚のようには強くありませんが、代わりに常に唾液に守られています。唾液は優れた免疫力を持っています。動物が傷口を舐めるのは、知ってか知らずか、この免疫力で傷の治癒を早めているのです。
 口内炎はとても痛く不快ですが、それは安静にしにくいからです。実感しにくいかもしれませんが、その治癒自体は他の部分の炎症に比べとても早いのです。歯周病も、炎症の中心部に常に唾液が届いていれば治癒しやすいのでしょうが、残念ながら進行した歯周病で、狭い歯周ポケットの最深部まではなかなか唾液の免疫力が及びません。しかも、歯周病の原因菌はそういった空気に触れにくい部分で活動がより活発になる(嫌気性)ので、厄介なのです。
 話は変わりますが、最近歯科ではよくジルコニアという素材が注目されています。
 これは正式には二酸化ジルコニウムと言われるもので、一般的には人工ダイヤモンドと呼ばれている材料です。
 ジルコニアのセールスポイントは、硬く丈夫で歯の色に近くしかも変色しにくい、といったものです。
 良いことずくめの材料のようですが、当院では採用していません。
 その理由は、ズバリ歯に比べ硬すぎるからです。
 歯のエナメル質の硬さは270-366Hv(ビッカース硬さ)ですが、ジルコニアでは約1300HVと、なんと3倍以上の硬さです。
 この硬さのクラウン(歯に被せた物)が常に相対する歯と噛み合っていたらどうでしょう。相手の歯が磨り減ってしまいます。では、ジルコニアのクラウン同士が噛み合っていたらどうでしょう。
 ヒトの歯は、経年的に必ず少しずつ擦り減ります。でもこの場合、他の歯がそれなりに擦り減ってもジルコニアを被せた歯同士は擦り減ってくれません。結果どういうことが考えられるでしょうか。
 互いに干渉し合って被せてあるもとの歯が揺れるようになるか、あるいは歯自体が割れるか、です。
 最悪、歯根が割れたら抜歯となります。
 ジルコニア自体は割れにくいですが、もとの歯が割れてしまっては元も子もありません。
 私自身は、被せたものが壊れても、もとの歯が守れることのほうが大事だと思っています。
 例えとして、自動車のクラッシャブルゾーンと似ているように思います。
 以前のクルマは、クルマ自体の頑丈さが第一という時代がありました。要するに壊れないということ。
 しかし最近のクルマは、衝突事故の際、クラッシャブルゾーンという潰れやすい部分を作ることで衝突のエネルギーを吸収し、乗員や対人の命を守るように設計されています。
 歯に被せた代替物が壊れないことより、歯自体が壊れないことのほうが優先されるべき、これは至極当然ではないでしょうか。
 ついでにホワイトニング=歯の漂白について。
 使用する薬液の主成分は、過酸化水素や過酸化尿素です。これらの薬液は、適切な濃度で使用すれば安全だと言われています。しかし、知覚過敏の方や14歳以下の子供への使用は禁忌とされています。前者では痛みが強くなったり、後者では歯の成長に影響があるため、とされています。
 これ以外でも、ホワイトニング後に痛みが出たという方もいます。メーカーではこの痛みについて、「一過性なので問題ない」と説明していますが、やはり薬液を使って痛みが出るというのは、問題ないとは言えません。しかも効果に後戻りがあるため、ホワイトニングは半年から1年ごとに繰り返さなければなりません。
 歯科に携わる者として、ホワイトニングの操作を数回繰り返して、歯に影響が出ないとはどうしても考えられません。白い歯に憧れる気持ちは理解できますが、人生を共にした自然な歯の色も大事にしましょう。
 以上の理由から、当院ではホワイトニングも行なっていません。

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