神経質になりすぎず、ずぼらになりすぎず

2021年6月



 最近の歯科医療では、Minimal Intervention(ミニマル インターベンション)という概念が主流となっています。
 直訳すると「最小の介入」という意味ですが、具体的な例として、
「歯を削る場合は必要最小限にしよう」ということです。
 必要以上に歯を削らないのは常識では?と思うかもしれません。
 私が学生時代には、予防拡大という歯科用語がありました。
 むし歯になった部分を除去する場合、今後むし歯が進行するであろうと思われる部分まで予防的に削除するという考え方です。
 市中での火事に例えると、燃えている部分より先の、まだ火が届いていない家屋等を壊し、延焼を食い止めるという方法をとります。これと同じ考えです。
 火事の場合は鎮火してから家屋の再建を行いますが、歯の場合には、再建といっても元の歯に戻ることはありません。歯の代替材料で失った歯質と置き換えるという次善策を講じるわけです。でも、残った歯質と代替材料との境界という、新たな問題部位ができます。このギャップの大きさは、現状の歯科治療では50μ(ミクロン)が限界とされています。接着材料自体は格段に進歩、改善されてはいるものの、残念ながら、この数字は数十年前からほとんど変わっていません。
 ちなみに髪の毛の太さが50〜80μですから、50μという大きさは一般的な生活感覚では小さいように思われます。しかし、歯にとって問題となる対象はバクテリア=細菌です。細菌には、球菌(球状の菌)や桿菌(細長い菌)等、形は様々ですが、おおよその大きさは、直径1μ前後と思ってください。ちなみに細胞の大きさはこの10倍の10μ、ちなみにウィルスは1/10の0.1μ前後です。
 一方で普通の歯ブラシの毛先の太さは200μ、極細毛でも約10μといわれています。
 少なくとも50μというこのギャップには、細菌は50個、ウィルスなら500個並ぶことができます。これは点の話ですから、このギャップが線状に連続すれば、生物学的にはそれらの外来生物は十分棲息できる空間、人間にとってみれば間違いなくリスクとなる大きさの空間なのです。
 では、治療した歯を守ることはできないのでしょうか。
 テレビのCM等で「プラークコントロール」という言葉が一般生活の中でも使われています。
 コントロールは、「制御」や「管理」と和訳されています。「量や質をある範囲内に保つ、抑制する」という概念ではないでしょうか。
 プラーク=歯垢をなくすことを目的とするならば、「プラークフリー」と言うはずです。プラークコントロールという表現をするのは、ゼロにする必要はない、つまり人間に危害を加えない程度の量や質にしておけば良いということです。細菌と共生している以上、10個や100個の細菌に目くじらを立てても意味がないのです。そのくらいの数では人間の免疫力に到底太刀打ちできません。  
 一般的に細菌による感染は、1万個から1000億個の摂取で起こります(例外的に、「少量感染微生物」といって、腸管出血性大腸菌やノロウイルス等は 10〜100 個程度の少量でも感染を起こします)。
 実は、今まさに人類が戦っている新型コロナウイルスでも、アカゲザルを使った感染実験が行われていますが、約100万個のウイルスを直接肺に流し込んで感染を起こさせています。感染を確実に惹き起こさせるには、このくらいの数量が必要なのです。
 むし歯や歯周ポケット等、その原因菌が増殖し高濃度になる部分を極力減らしておけば、ほとんどの場合これらの疾患は進行しないと言われています。
 第一、先ほど触れた理由から、ブラッシングで細菌を徹底的に除去することなど不可能なのです。ある一定の量以上に増やさないくらいの感覚でいいと思います。
 それより、食生活をはじめとする生活習慣をコントロールすることのほうがずっと重要なのです。
 神経質になりすぎず、さりとてずぼらになりすぎず、コロナ禍の収束を目指しましょう。 もっとも、この塩梅(あんばい)が難しいことも事実なのですが。 



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