驚くべき口の感覚

2019年3月



 皆さんは日頃、口の機能を意識することなく話をしたり、食事をしています。
 しかしこの口の動き(生理学では「口の運動」といいます)は、感覚神経と運動神経、つまり感覚(情報収集)と筋肉(動作)の絶妙なチームプレーによって成り立っているのです。
 まず、例として話をするときの口の動きから。
 ご存知のように、声の元は呼気(肺から吐き出される息)が声帯を振動させることで作られます(=喉頭原音)が、これだけでは「ブー」「ビー」といった音にしかなりません。この喉頭原音を、咽頭、口腔、鼻腔等、呼気の通り道(=声道)の形や動きを変えることにより、独特の音声が作られます。
 日本語の母音(ぼいん)であるAIUEO(アイウエオ)は、口腔や舌の形を変化させて作られます。またKSTNHMYRWの子音(しいん)は、口腔や舌、口唇を狭めたり、それぞれを閉じてから瞬時に開いたりして作られます。
 一方食事では、大きな食物なら咀嚼しやすいようにまず前歯でかみ切って(=咬断)ある大きさにしたのち、臼歯で噛み砕いたり(=粉砕)すりつぶし(=臼磨)、飲み込みやすい状態になったら嚥下(えんげ)します。
 たとえばこの粉砕や臼磨の際には、舌や頬が大活躍します。一旦粉砕して臼歯からこぼれ落ちた食物を、舌は内側から頬(ほほ)は外側から再度臼歯のかみ合わせ面に載せて、噛み合う瞬間にこの両者は潮が引くようにかみ合わせ面から逃げるのです。これら顎の動きと舌や頬の共同作業がうまくいかないと、逃げ遅れた舌や頬は歯に噛まれて痛い目に遭います。
 残念ながら、年齢とともにこれら顎や舌、頬や口唇などの動きの協調性を神経がきちんとコントロールできなくなり、その結果舌や頬を噛んだり、呂律(ろれつ)が回りにくくなったりといった、不快な思いをすることが多くなります。
 かく言う私も同様、最近同じような失敗をよくします、ある意味お互い様です。
 さて、異なった2点を先の尖った物で刺激し、その2点の距離を徐々に近づけ、どこまで2点として識別できるかという二点弁別閾(べんえついき)という測定法があります。この距離が短いほど、触覚が敏感ということになります。
 ちなみに、背中や大腿部で平均68mm、頬で23mm、親指の掌面(手のひら)で9mm、そして舌の先ではなんと1mmという検査結果が出ています。
 いかに、舌の触覚と位置感覚が鋭敏かがおわかり頂けるかと思います。

 また、物の厚みを感じる感覚は、前歯で20ミクロンといわれています。
 ちなみに、髪の毛の太さは約60〜70ミクロンですから、この精度がいかにすごいかがわかります。
 また、歯にかかる力の感覚では、前歯で1gの力を感じることができるといわれています。

 さらに、口腔には味覚という特殊感覚(ある特定の部位で感じられる感覚)があります。主に、舌の表面にある味蕾(みらい)という感覚器が味を感じとっています。
 現在、味覚は5基本味といって、甘味、酸味、塩味、苦味、そして旨味に分類されています。普段は、その組み合わせで多くの食物の味を認識、確認、そして何より味わうという楽しみをそれこそ味わっているのです。
 ちなみに、動物の中では人間の嗅覚はさほど鋭敏とは言えませんが、味覚はピカイチです。目隠しして刺身を食べても、マグロとイワシ、そしてサケの違いはほとんどの方がわかるはずです。人間にとっては、豊かな生活のためにこの味覚による楽しみは重要ですが、とにかく空腹を満たし栄養摂取を最優先とする動物にとっては、これら味の違いはどうでも良いことなのかもしれません。
 味覚に関しては、特に日本人の味覚は別格です。ホウレン草の根やタマネギの甘味を感じたことがあるでしょう。これはおそらく噛むことで味わう文化によるところが大きいのではないでしょうか。
 対比することが適当か否かはわかりませんが、洋食はとかく口に入れた瞬間に味を感じる食文化であるのに対し、和食は咀嚼しているうちに徐々に味を感じる文化なのです。だから和食は本来、薄味なのです(塩味がやや強いきらいはありますが)。いま、世界で和食ブームが起きていますが、この味わい方が注目されているのかもしれません。
 咀嚼により唾液腺が刺激され、それと味覚による刺激とが相まってさらに唾液の分泌が促進されますから、唾液の力を引き出すには、まさに合理的な食文化なのです。
 人間の味覚では、甘味に関しては鈍感です。対して、酸味、塩味、苦味には敏感で、低濃度でも感じとることができます。甘味のもとは糖類、つまり炭水化物ですが、人間の必要とするエネルギーを即取り入れることができる栄養素なのです。ちなみに、甘い物で歯が痛むといわれますが、これは甘い物が直接歯を刺激するのではなく、甘い物の浸透圧で歯が痛みを感じるのです。したがって、苦い物でも当然痛みを感じるはずですが、甘い物と同程度の濃度の苦い物は、苦過ぎてとても口に入れられないため、甘い物で痛むということが経験として認識されるのです。

 さて、以下の図をご覧になった方も多いと思います。


 これは脳の機能局在というものを示したものです。
 脳の中央部分の左右方向の断面で、感覚を知覚する部分(感覚野)と、動きをコントロールする部分(運動野)を表しています。
 つまり、脳のどの部分が体のどの部分の感覚を認識し、どの部分の動きをコントロールしているかを図示しています。
 大雑把に言うと、体の上下が逆転しており、足や体幹に対し、手や顔、特に口に関する部分が大きな面積を占めていることがわかります。
 言い換えれば、脳の大きな面積を占めている体の部分にはそれに比例して多くの神経が集中していますから、それに相当する体の部分を刺激することは、感覚や運動の老化予防につながり、ひいては認知症の予防をも示唆していると言えそうです。
 しゃべる、歌う、笑う、食べる等、口を動かすことは、効率的に脳を刺激します。
 食事中に歌は歌えませんが、人と一緒に食事することで、複数組み合わせた口の運動が自然にできますから、認知症の予防にも大いに役立つはずです。



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