公的保険にも予防と還付制を

2017年4月



 来年度は、6年に一度の医療、介護保険の同時改定が行われる。
 国は制度維持の名の下に、保険の適用、支給範囲のさらなる縮小と、受益者負担増を画策しているはずである。
 だれでもその寿命まで健康に、そして人の手を借りずに生きたいと願っている。多くの場合、それがままならないのが人生であり、そのための保険である。
 アメリカでは政権交代に伴い、前政権が苦肉の策として制定した、いわゆるオバマケアが振り出しに戻ろうとしている。
 そういえば、アメリカ主導で物議を醸しながら進めてきたTPP交渉も、現政権はご破算になろうとしている。政権が変わったのだから、前政権が制定、あるいは制定しようとしたものをストップすることは当然ありうる。しかし、この5.6年、海外の関係諸国を巻き込みながら、それを牽引する形で進めてきたものを、当のリーダーが反故にするというのはいかがなものか。これまで要した時間と費用は甚大なはずである(筆者はTPPに賛成しているわけではない)。
 閑話休題。
 先にも触れたように、万一に備えるのが保険だが、保険料の納入額に対し給付額が増加することで公的医療保険(以下、医療保険)の財政が厳しくなると、政府は警鐘を鳴らしている。
 なら、医療保険の運営面で無駄な出費はなかったろうか。
 厚労省が半ば強引に導入した診療報酬のオンライン請求システムだが、果たして経費節減になったのだろうか。
 少なくとも、医療機関にとってはシステム導入に関わる出費は少なくない。
 隣の国韓国では、オンライン制導入に際し、各医療機関の請求に必要な機材は国が負担したと聞いているが、わが国ではそれすらもない。
 現在群馬県では、自治体負担分の連記式は、オンラインとは別のメディアを使っての請求となっている。これでは、オンラインのメリットも半減していると言わざるを得ない。
 一方で、縦覧、突合審査で医療機関からの吸い上げには奏功したことは間違いない。
 さて当然だが、保険制度の財政的健全化を図るには、収入を増やすか、支出を抑えるしかない。
 医療保険で支出を抑えるには、疾病罹患者を減らすことが根本的かつすべての国民の願いである。しかしこれには一定の時間が必要となる。
 そこで、姑息的だが即効性のある手段として国は、給付対象者、給付対象医療行為を制限する、医療行為の評価を下げる、医療機関数を削減するといった策を講じてくる。
 実際には、医療保険の利用者に対しては、主に料金面(自己負担金)や利便性の面から「敷居」を高くし、結果、受診抑制により保険財政の「健全化」を図っている。
 軽度の疾病を給付対象から除外するという方策も検討されている。

 介護保険では、利用者の絞り込みと利用料金の引き上げで対応している。
 すでに厚労省は、平成18年に新予備給付を発足し、訪問介護と通所介護を包括化し、事実上の給付抑制を行った。さらに平成19年には、「認定適正化専門員」を介護認定審査会に同席させ、「要介護認定適正化事業」を開始し、要介護認定の軽度化を図った。
 このように見ていくと、今後医療介護保険の「財政的健全化」のために、厚労省が何を検討してくるか、大方見当がつく。
 一方で多くの自治体では、社会保障関連の支出を抑制するため、成人検診や妊婦検診といった検診事業が実施されている。
 健康意識の向上、あるいはスクリーニングの面で一定の評価はできるが、これも長い人生の中の「点」でしかない。
 より検診の頻度を上げ、それを習慣化に結びつけ、人生の時間軸での「線」としていくことができれば、より大きな効果が期待できるのではないだろうか。

 一昨年、異常な時間外労働による自殺が報道され、働きやすい環境というものがにわかに注目されるようになった。
 本来、住民の健康に携わる我々医療従事者こそ、自らの職場の働きやすい環境づくりに努めなければならないはずである。が、診療のために自らを犠牲にしているという実態は多かれ少なかれ否めないのではなかろうか。この矛盾を解決するのはそう簡単ではない。
 生活者の多くも、勤務や経済的事情等で、健康の維持増進が犠牲になっている人も多いはずである。
 人は誰しも健康でいたい。
 万一の疾病は、本人の心身の負担のみならず、一家の収入源が絶たれる事態をも引き起こしかねない。これに対しては、手厚いsafety netが必要であることはいうまでもない。
 一方で、自身が医療保険を使わなかった、つまり給付対象者にならなかったということはその間健康だったことを意味し、それ自体はもちろん喜ぶべきことである。
 そして、給付対象者にならなかったことは、医療保険の財政面での貢献でもある。
 民間の保険には、保険を利用しなかった場合、還付金を設定しているものもある。
 私見ではあるが、医療保険でも、本人の健康への努力によって幸いにも利用しなかった場合、還付金、あるいは医療券といった、なにかしらの「ご褒美」があってもよいのではないだろうか。
 これは、金銭面だけでなく、制度維持に対する本人の努力を適正に評価する意味合いでもある。
 そして医療保険でも、一定範囲の健康診断を保険の給付対象としてはいかがだろうか。
 さて、医科歯科の連携が謳われる昨今だが、口腔の健康は周術期の健康管理のみならず、糖尿病、循環器疾患との密接な関係も明らかになっている。
 生活習慣病の一種である歯科の2大疾患、つまりう蝕と歯周病は、進行すると健康な状態への改善が難しい反面、予防効果が高く、しかも実践は比較的容易である。
 受診抑制といった締め付けばかりでなく、健康志向の誘導により医療保険財政の健全化を図るほうが、国民の利益と合致するはずである。
 社会保障の充実は、老後の不安解消と、それによる経済の活性化にも一役買うであろう。
  (群馬県保険医協会2017年4月号『論壇』原稿より)

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