安倍政権と社会保障

2013年3月



 昨年末の衆院選挙の結果、3年余り続いた民主党政権が終わり、自公による連立政権が復活した.得票率と獲得議席に大きな乖離が生じた選挙結果によるものであり、民意が反映されたものか否かも多いに議論の必要があろう.
 経済をみると、政権交代が噂され始めた昨年末から円安株価上昇が続いているが、この傾向が一時的なものなのか、あるいは今後の日本と世界経済の動向を見据えた持続的なものなのかは慎重な見極めが必要だ.  
 少なくとも現時点では、流行語にもなっている「アベノミクス」に対するこうした反応は、当然実績によるものではなくあくまでも期待のみによる状況であることは認識しておくべきである.

 その「アベノミクス」は、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3つを基本方針としている.
 経済評論家の山崎元氏は「アベノミクス」をより具体的に、@2%(以上)のインフレ目標設定、A日銀による金融緩和拡大、B公共事業による需要追加、の三つの経済政策のパッケージと定義している。
 なかでも安倍政権は、日銀による「大胆な金融政策」を基本方針の中心に位置づけており、その根拠として、日本経済が長期間デフレから脱却できないのは消極的な金融政策が原因であり、日銀を改革すれば道が開けると考えているからである。
 1/11に閣議決定された「緊急財政対策」は、かつての大型公共事業を介した癒着とバラマキの完全なる復活の相を呈している.
 民主党政権時代に、事業仕分けで廃止や先送り、あるいは縮小と判断された事業の多くが、ほとんど無審査のまま復活していることにはあきれるばかりである.予算に優先順位をつけるという手法自体は合理的なはずである.  
 一方で、この財政投資については、財源不足や日本国債の評価の急落等が懸念されている.公的債務残高が膨らむ中での大型の財政出動により、長期金利が上昇する可能性があるとの指摘もある.仮に景気が回復しても、金利が上昇すれば、税収増加よりも金利支払い増加の方が大きくなり、日本の財政はもたないとの見解からだ.

 経団連を始めとする輸出産業界は円安を歓迎しているが、大多数の国民生活や中小企業には当面ほとんどメリットがないと思われる.
 現に、円安によるガソリン等海外からの原材料費の値上げはすでに始まっており、金利上昇等は、まずは国民生活や中小の下請け企業等を直撃するであろう.
 新政権は2%の物価上昇という目標値を掲げるが、賃金が上がるまでには少なからずタイムラグがあろうし、企業の側からすれば、まずは内部留保の確保で企業の基礎体力を上げようという口実を使うであろう.その一方で先の公務員給与の引き下げにより、民間企業が賃上げを行う根拠も弱まっている.
 このことは、今年の春闘で、連合側の「(勤労者の)収入増が不可欠」との要求に対し、経団連側は「まず企業の元気」を主張していることに端的に表れている.
 また成長戦略についても、単に古いものの規模を変えるだけか、新しい仕組みを作るのか現時点では極めて具体性に乏しい.

 国民が新政権に期待することとして、社会保障の充実より景気対策、雇用の促進を挙げているとのアンケート結果がある.
 これを理由に、新政権は社会保障への取り組みを先延ばしするどころか、社会保障費の削減を画策しているが、これこそ我田引水である.
 一家の収入を安定確保する---これは全ての国民の当然の要求である. 長引く不況の中、安定した生活の基盤が国民の第一の関心事であることは明らかである.しかし、健康面、経済面で「有事」が起こったとき、その苦痛を緩和する社会保障の充実は誰もが必要とするところである.後退させてよい理由には決してなりえない.

 これまでの経過で、昨年民自公3党がつくった「社会保障制度改革国民会議」は8月21日までに結論を出すとされている。まずそこでの議論が焦点の一つとなろう。
 すでに3党は、医療・介護についての保険範囲の縮小を議題とすることで合意している。具体的には、
・ 風邪などの「軽い」病気や高度医療、「薬屋で自分で買えるような薬」とさ 
れたものを保険から外す
・ 軽度者への介護サービスを保険から外す
・ 終末期医療の見直し
が画策されている。
 一方、自民党の政権公約である「自民党政策集」ではさらに、
・医療上必要な場合を除いた「給食給付の原則自己負担化」
・現行の保険外併用療養費の積極的活用
・ 予防医療総合プログラムや、検診を定期的に受診した場合に医療者の自己負   
担を軽減するなど誘導策を導入
まで踏み込み、憲法第25条で保障されている生存権まで後退させようとし
ている.根底には、「社会保障は自助が基本」という安倍政権の社会保障政策があることを忘れてはならない.
 今年1月に行われた田村厚相は、日本医師会長らとの会談の中、「持続可能な医療、社会保障制度」をしきりに言及していたが、持続すべきもの自体が形骸化して、なぜ持続の意味があろうか. 
 民主党政権下で、「消費増税は福祉目的」として国民の理解を取りつけようとしていたのは、ついこの間のことである.消費税を増税しながら社会保障を切り捨てるという政策は、はたして国民の支持を得ているといえるのだろうか.
例えば自助の名による生活保護費の引き下げは、国が国民に保障する最低生活ライン(ナショナル・ミニマム)の切り下げを意味する.これは、最低賃金や課税最低限、国民健康保険料(税)の減免、保育料等にまで影響してくる.
一方で安倍政権は、世論を恐れてか国民負担増の実施の多くを7月の参院選後に先送りする姿勢である。                                          
70〜74歳の医療費窓口負担の1割から2割への引き上げ、高校授業料無償化への所得制限導入の決定は、2014年に先延ばしするようであり、昨年秋に通した年金の2・5%削減は、実施を10月からとした。
政権として正しい政策であるとするなら、参院選前に実施し、その政策に対して参院選で国民に信を問うべきではなかろうか. 国民負担増を選挙後に実施するという、国民を愚弄する国政の悪しき習慣は即刻改めさせるべきである.
 政府は緩衝策として、給与増等による法人減税で企業の雇用促進を謳っているが、長引く不況の下で、企業の新規雇用と賃上げへの警戒心は非常に強く、こういった一時的な措置による効果はごく限定的なものとなろう. 

その一方で安倍首相は、憲法を改正して自衛隊を「国防軍」とし、軍備増強も容易にする法整備をすすめようとしている.
1月8日の各紙によると、安倍政権は201
3年度予算の防衛関係費について11年ぶりに対前年度比で増額する方針を決めたが、その増額は1000億円とも1200億円とも報じられている.さらに、自衛隊員の定員増までも行なうという。公務員の人員や給与削減が当然とされているこのご時世にである。
いま国民が求めているのは、「強い日本」をつくることであろうか.
日本の軍備増強は、東アジア情勢から見ても、決して得策とはいえまい.尖閣問題、竹島問題をはじめとして、領土問題がそう簡単に解決できるものでないことは、歴史の教訓から明らかである.事実この半世紀、軍備という手段で領有権問題にきちんとした決着をみた例はない.
 これ以上の緊張関係が続けば、双方の国にとってさらに失う部分が大きくなる.地道な外交交渉でお互いの利益を損なわない落としどころを探るしかないのではと思う.

 社会保障の後退、終身雇用制の崩壊、改定のたびに行われる患者の負担増とさらに複雑化する健康保険制度---国も会社も医者も信用できないとなったらまさに亡国の様である.はびこる不信感と性悪説という負のスパイラルをどこかで断ち切らなくてはこの国の発展は望めない.
 難問は山積しているが、まずはできることから実践しよう.
 目の前の患者の苦痛を共有し、少しでも安らぎと希望をもってもらうことから.

(群馬県保険医新聞2013年3月号「論壇」に掲載したものの原稿)

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