慢性炎症と歯を残すこと

2013年1月



 私は一応、日本歯内療法学会の認定医(現在は専門医といいます)の資格を有しています.
 歯内療法とは、歯の中にある神経=歯髄の治療のことです.
 歯内療法の主な処置は、痛みが出た歯髄を除去(抜髄)したり、あるいは感染した歯髄を除去(感染根管処置)して、最終的にその部分(歯髄腔)を刺激のない安定した材料で密封することです.これにより、歯は痛みのない状態で機能することができます.
 ただ、歯はできれば歯髄のある状態(生活歯)で機能するにこしたことはありません.生活歯であれば、歯髄からの水分供給により歯の弾力性が保たれます.また、万一炎症があれば、「痛み」という信号で早期に問題の存在を教えてくれます.
 痛みが続く、あるいは強くなる、また歯髄が感染していて後々もっと大きなトラブルにつながるといった場合に、やむをえず歯内療法処置を行うのです.

 痛みといっても、冷たい水で歯がしみる(痛む)程度の状態は、歯髄の症状としてはごく初期のもので、知覚過敏用の材料で歯の表面を覆って歯髄への刺激の伝達を遮断すれば、症状をかなり和らげたり止めることもできます.
 しかし、熱い物の刺激でズキンと痛んだり、あるいはかむと鋭い痛みがあるといった場合には、抜髄しないと痛みを止めることは難しくなります.

 一方で、歯内療法を100%成功させると断言できる歯科医は残念ながら一人もいません.その一番の理由は、歯髄の形がとても複雑だからです.
(図は歯根の断面図:色の濃い部分が歯髄)


(歯科雑誌NICOより引用)

 かなり大雑把な言い方をすると、一つの歯の根(歯根)には太い神経の管(主根管)が1本あります(実際には1本とは限りません)。 根が3本ある場合には少なくとも3本の主根管があります.ところが、歯の神経は主根管から何本もの枝分かれをしていて(側枝)、ちょうどニンジンのひげ根のような形をしています.さらにその分かれた側枝が先で1本につながっていたりして、さらに複雑な形態になっています.そう、その様相は「ありの巣のよう」といったほうが近いかもしれませんね.
 抜髄や感染根管処置をしても、歯科医が手をつけられるのは主根管とわずか枝分かれした部分だけなのです.その他の手の届かない部分は、薬液や高周波やレーザー等の機械で化学的物理的にできるだけきれいな状態にして密封、あるいは閉鎖環境(周囲とのつながりを断つ)にする努力をします.「努力」という言葉を使ったのは、それが必ずしも達成できるとは限らないからです.
 以上の理由から、慢性炎症が完全に治らないことがあるということがご理解いただけたことと思います.
 これを完全に解決する方法はひとつ、それは歯を抜くことです.抜けば炎症の原因となっている複雑な歯髄も当然なくなりますから、炎症ももちろん消えます.
 でも私は、それでもその歯を残すことに意味があると考えます.
 痛みがあったりその歯のためにかえってかみにくいのであれば別ですが、違和感なく物がかめるのであれば、できるだけ歯は残したいものです. 歯を抜けば先の問題は解決しますが、その後の処置として他の歯を削ったり、あるいは入れ歯を入れたりと、次の処置に伴う新たな問題が出てきます.それが引き金になり、徐々に他の歯まで失う結果にもつながりかねません.もちろん、慢性炎症がすすみ隣の歯にまでその影響が及ぶ場合は話は別です.

 一病息災という言葉があります.無病息災から派生した言葉です.
 ちょっと気になる部分があることで、かえって健康管理を意識して、結果的に健康な生活が送れるといった意味に解釈しています.
 健康なときにはなかなか健康というものを意識できず、無理をしてあとで痛い目に会う---残念ながら人間とは往々にしてそうしたものかもしれません.
 できるだけ歯を残して、皆さんが快適な生活を送るお手伝いをする---それが私たちの大事な仕事なのです.

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