関連法が成立したいま

2012年9月



  消費税増税を柱とする社会保障・税一体改革関連法(以下、関連法)が、民主、自民、公明の3党合意を受け、8月10日に成立した.
 経済界からはこれを歓迎する声があがったそうである.
 一方、価格転嫁の難しい中小企業からは、将来を不安視する意見も聞かれる.
増税による需要の減少や、元請けである大企業等からの、消費増税分の値引きの強要を恐れているのであろう.
 一方大企業の場合、輸出戻し税のうま味や法人税引き下げの口実作りに利用する目論見が見てとれる.
 
 この増税策も含め、国民の負担はどれほど増えるであろうか.
2012年だけをみても、住民税の年少扶養控除の廃止、厚生年金保険料の引き上げ、そして東電の家庭向け電気料金の値上げが家計に響く。さらに2013年1月から、東日本大震災の「復興特別所得税」が導入され25年間にわたって続く。唯一自動車関連減税がわずかなプラス要因だが、なぜ自動車だけなのか、いろんな憶測は飛び交うが、いずれにしても所詮焼け石に水である.
8/11付けのサンケイビジネスの試算によれば、2011年と2016年を比較した場合、年収500万円の世帯で約34万円、800万円で約44万円、1000万円で約63万円の負担増となる.

 当初関連法は、社会保障を充実させるための増税という位置づけであったはずである。少なくとも国民にはそう訴えて増税に対する理解を求めていた.
 しかしいつしか、社会保障の効率化という耳障りのいい表現の裏で、国の財政再建を優先するあまり、社会保障の枠をも狭め、結果として国民に二重の犠牲を強いようとしている.

 政権交代の足がかりとなった2009年の民主党のマニフェストには、「日本の対GDP比医療費(8.1%)をOECDの平均値並(8.9%)にする」と明記されていた.
 ところが、野田政権が謳う関連法では、「2015年までに消費税を10%にし、そのうち社会保障の充実に割くのは1%」とされた.  
 民主党はマニフェスト、つまり政権公約によって国民の支持と期待を受けて政権与党となったわけで、マニフェストはいわば看板である.関連法の中身は、どうひいき目にみても同政権が発足当時に掲げていた看板とは明らかに異なるベクトルを指している.
 同政権の施策には、原発再稼働の指示同様、民意が全く反映されていない.
 これでは、とても民主主義国家の体をなしているとはいえまい.
 当の政権はこの事態をどう総括しているのか.
 野田首相は関連法成立に際し、2009年のマニフェストに消費税増税についての明記がなかったとして国民に陳謝した.つまり首相本人はマニフェストを掲げる時点で増税の意図があったという弁明であるが、これは明らかに詭弁である。
 「明記していなかった」のではなく、「消費税増税はしない」と明記されていたのである。

 このように、現政権にマニフェストを守る意図のないことが明らかになったが、だからといって我々は社会保障の後退を傍観はできない.

 医療人の使命として、今後さらに深刻化する少子高齢化社会に適応した、医療福祉の将来像=あるべき姿を、医療の現場から提示していかなくてはならない.

 現政府の進めようとしている政策の最大の問題は、社会保障制度が不十分でありながら、さらなる社会保障費の削減を先行させようとしている点にある.

 我々は、まず社会保障を充実させ、その成果として中長期的に社会保障費を節約するという手順を訴えるべきではないだろうか.
 後退は言わずもがな、今のままの社会保障のあり方ではその実現はとても無理である.
 現に疾病を抱えている患者への対応を充実させる努力は必要条件である.
 それに加えて、コストや人手のかかるcureから、疾病予防、疾病の再発防止(健康管理)=careへのシフトを積極的に押し進める必要がある. 
 さらに進んで、careされる立場からself careにシフトできれば、少子高齢化社会への対応に希望が見えてこないだろうか.   
 cureが必要な人口が減り、自立の方向に向かう人口が増えれば、医療や介護にかかる人手が節約できる.
 現時点でも介護の手は不十分である.介護に携わる要員が十分確保できない原因の多くのは、その労働の対価があまりにも低いことによる.再評価は喫緊の課題である.
 この方向性を実現するために、まず一定期間は、医療介護にかかわる人材の確保が必要となり、 この段階ではこれまで以上に社会保障費を増やさざるを得ない.
 しかしこれは、その後真の意味で社会保障費を節約するためには、避けて通れないプロセスである.
 政府には、財政難という目先の困難に惑わされることなく、是非この努力をしてほしい.

 一方で、住民の意識も医療側が思っている以上に変化してきている.
 具体例をあげれば、歯科では、ここ数年で着実にcareの重要性は定着してきている.
 口腔内の痛みといったトラブルのための通院ではなく、メインテナンスのための通院が確実に増えている.  
これは、患者が抜歯や歯の切削をできるだけ減らすことの意義を認識しつつあることによる.
 同様に医科では、他剤併用による副作用が問題視される中、慢性疾患患者をいかに薬から解放するかということが、より積極的に議論されるべきではないだろうか.
 処置や検査、投薬等に評価が偏重された現制度は、あるべき医療環境とはほど遠い.
 もちろん、医療側にも安易な過剰介入を厳に慎む姿勢が求められる.
 そして行政には、疾病予防、再発防止の努力に対し、正当な評価を行う施策を切に願う.
 同時に、萎縮診療を強いたり, 保険診療に対し必要以上に狭小な疑義解釈を行うことが、患者の健康にとって重大な不利益を与えることも肝に銘じるべきである.
 いわゆる生活習慣病は、患者自身だけでなく、家庭や職場といった生活環境の中で他に与える影響も決して無視できない.
 食習慣、喫煙、生活リズム等に対する具体的指導を行い管理することは、careへの大きなシフトになるはずである.

健康人、そして自立して生活できる国民が増えれば、「社会から支えられる」方向から「社会を支える」方向への人口のシフトが可能となり、少子高齢化社会への対応力が培われるはずである. 
 希望ある未来のために、希望する高齢者の雇用と同時に、若者の雇用も是非確保する必要がある.
 いま我が国は、人類史上例のない規模とスピードで少子高齢化が進んでいる.
 10年後を見据えた迅速な対応が必要である.

 毎週金曜日に、首相官邸前において、原発再稼働反対を訴える市民による大規模なデモが続いている.
 8/4現在、計17回のデモで集まった人数は延べ86万人と報告されている(主催者発表)。
 民意を無視した政府の動きに対し、これまで「おとなしい」といわれていた日本国民が行動を起こした意味は大きい.大飯原発再稼働を強行した政府も、この動きを無視することはできず、対話の姿勢を余儀なくされた.
 関連法が成立したいま、社会保障の後退を阻止するために我々にできることはまだまだある---この教訓はそれを示している.

群馬県保険医新聞2012年10月号「論壇」に掲載

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