先の見えない時代に

09.1月



 トップの感覚
 一昨年に始まったアメリカのサブプライムローン問題が金融市場を揺さぶり、その影響で昨年秋のリーマンブラザーズが破綻、これを引き金に金融危機が津波のように世界経済を襲った。
 一方で昨年11月、経営危機に直面するビッグ3の会長たちが、250億ドルの緊急融資を求め議会公聴会出席する際、そろって会社の自家用ジェット機でワシントン入りしたことが非難の的となった。ここまで3社を追い込んだ原因は不景気だけにあるのではなく、浮世離れしたトップの感覚によるところも大きいのではあるまいか。そうはいうものの、ビッグ3がアメリカの産業全体に及ぼす影響は計り知れない。緊急かつ効果的な支援が必要なことも事実だ。
 昨年12月、イラクで演説中の米大統領にイラク人記者の一人から靴が投げつけられた。行儀のよい行為とはお世辞にもいえないが、家族を失ったイラク国民にすれば、また戦死した米兵士の家族にとっても、あれほどの犠牲者を出したことの反省が全く見られない大統領に対し、心の中で靴を投げつけていた人々は少なくなかろう。
 そして今年1月、アメリカではオバマ政権が発足する。実績や経験のあるマケイン氏ではなく、未知数のオバマ氏に将来を託すアメリカ国民の心情は、のっぴきならない現状からの、ともかくの変革願望であり、「賭け」でもあろう。いずれにしても、「強いアメリカ」ではなく「対話」を強調した新大統領の手腕に期待したいところだ。

 未来への保障
 一方日本はどうか。
 国民生活援助の名目で行なわれる政府の2兆円規模の給付金(還付金?)政策も、総選挙をにらんだ「アメ」という意味合いの、付け焼き刃の政策といわれても仕方あるまい。これが、持続的な国民の生活向上や景気対策につながるとはとても思えない。
 そしてそのつけは、近い将来消費税増税という「ムチ」で跳ね返ってくる。こちらのほうがはるかに国民生活へのマイナス効果が大きいはずだ。 
 常識的に考えれば、毎年2200億円削減されている社会保障費に充当するほうが先ではないだろうか。社会保障は、未来への保障でもあるはずだ。
 
 最後の選択
 大企業も世界同時不況と円高の影響をまともに受けた。トヨタで6000人、ソニーは正社員も含め16000人の人員削減を予定している。
予測以上の状況変化とはいえ、経営陣の責任が問われるのは当然だ。
 個人であれば、不況に直面してから「なぜか」を考えればいいかもしれない。しかし、多数の被雇用者を抱える企業は、彼らを守る責務がある。被雇用者は、「安心」があってこそ企業に尽力する士気、モチベーションが生まれる。よほどのことがない限り、解雇は最後の選択と考えるべきである。
 しかしバブル崩壊後、企業経営者は経営改善策の第一選択として、被雇用者を解雇するようになった。これでは働く者たちの士気は低下し、ひいては企業にもマイナスになる。また雇用が断たれれば、当然税収も減少、生活に貧窮した人々が増えて社会不安や治安も悪化する。
 雇用不安はワークシェアリングである程度対応できるだろうし、オランダなどでは政府、企業、労働組合が協議して労働力のシフト制まで法制化し、非正規雇用者の生活を守っている。またこんなときこそ、内部留保の有効利用を考えるべきではないだろうか。

 診療室の中で
 我々医療人も、社会の一員として、また医療に携わる者としてこの逆境を深刻にとらえる必要がある。
 生活苦による健康保険からの離脱、つまり国民皆保険制の形骸化とともに、受診抑制による疾病の重症化が懸念されている。
 昨年、「歯科医のワーキングプア」がマスコミで取り上げられた。歯科医院の経営は引き続き厳しい状況にある。これは医科の経営状況と比較しても明らかである。
 ただ、世間が不況の真っ只中にある現在、医療の中で所得弾力性が比較的大きいといわれる歯科医療であっても、保険の強みを改めて実感している人が多いのではないだろうか(このことは、ややもすると浮世離れした感覚に陥る危険性もはらんでいるが)。一方で、歯科の中でもこれまで経営的に潤沢と思われていた自費主体の診療形態は、不景気のあおりをまともに受ける可能性が大きい。
 いずれにしても、歯科医療が国民生活の中で重要な地位を築いているかが問われる時代である。歯科医療の受診や口腔の健康維持は決して贅沢ではなく、心身の健康維持のための不可欠な要因であることが認知されなければならない。
 先の見えない暗い時代だからこそ、目の前の患者に信頼される、安心できる歯科医療を提供したい。そのためにも人間を磨き、技術を磨きたいものである。
       
群馬保険医新聞09年1月号
 歯科版掲載 
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