医療費抑制の流れの中で


 総選挙の結果躍進した自民党は、「改革」を錦の御旗に、郵政民営化のあとは医療改革をターゲットにし、昨年末3.16%という過去最大幅の診療報酬引き下げを決定した。これにより、国の予算は約2370億円減らせる見通しだという。
 来年度の一般会計予算はわずかに削減されたものの、一方で、不要な事業が多いとされている道路等の特定財源(使途が限定されている)等は、抜本的見直しは先送りされた。これこそ社会情勢からいえば緊急を要するはずである。
 いずれにしてもこれらの改革が無駄を是正し、血税がその主人公たる国民のために有効に使われるなら、改革は大いに推進されるべきである。医療費も例外ではない。
 まず細目はともかくとして、現在の日本の医療費が本当に高いのかについて考えてみたい。
 経済界の、「医療費の伸びをGDPのそれ以下にすべきだ」という主張に政府もほぼ同調している。この主張は、言い換えれば国民の健康に対する国の投資は、今後現在の水準以上には行わないということである。基本的人権の尊重を憲法にすえた国の政府のこの姿勢は重大である。
 予算が限られている以上、GDPをひとつの目安にするという意見は一見説得力をもつ。しかしそれには、「現在の医療費の対GDP比が客観的にみて高い」という前提が必要である。つまり、
*医療費のこれ以上の伸びは国の財政を圧迫する
* わが国の医療費の対GDP比は国際的にも大きなものとなっている
という根拠が必要である。
 ちなみに、2002年のいわゆる先進諸国の総医療費の対GDP比(%)は、
アメリカ14.6(1位) ドイツ10.9(3位) フランス9.7(7位) イタリア8.3(15位) イギリス7.7%(19位) (イギリスはサッチャー政権下で医療費抑制策がとられた結果の国民生活への甚大な影響から、現在は引き上げが試みられている)で、日本は7.9(17位)という状況である。
 そもそも基準点の高さが違うのである。
 そこからさらに下方に向かうのだから、他の国との差は広がるばかりである。
 そしてこの数値をもって財政への負担過重の根拠とするなら、それはとりもなおさず、他国政府に比べ日本政府の財政管理能力のなさを暴露したことになる。
 医療費を負担する国民の側からみるとどうだろうか。
 東京都足立区では、国保保険料の未納率が20代で36%、30代で28%にのぼっている。この事実は、生活苦等の要件もあるとはいえ、国民が「負担は重く、恩恵は薄く」を実感しているからであろう。すでに国民皆保険は実質的には崩壊しつつある。存続した制度がそれ自体形骸化されたものなら、存続の意味はきわめて怪しいものとなるであろう。これで制度を守ったというなら詭弁もいいとこである。
 なのに政府は、「医療制度の維持」を大義として医療費の削減に躍起となっている。その目的のために都合のよい口実を最大限に利用しようとしている姿勢もはばかるところを知らない。いわゆる「日歯疑獄」の影響はその最たるものであろう。総医療費に占める歯科医療費の割合は、2000年に8.3%であったものが2005年には7.8%、そして2020年には6.7%と予測されている。また一方で、高額医療とはほとんど無縁の歯科の診療報酬を、初診料の歴然とした差はそのままで、今回医科と同率で削減するという暴挙に異議すら唱えさせないための格好の材料とされている。何より問題なのは、医療の主人公たる国民の存在が無視された中で事が推移している点である。この手法はやがて大きな禍根を残すであろう。
 国民への負担増についても、将来のビジョンがしっかり提示されればこそ、そのための多少の「痛み」なら甘受しようというのが大方の国民の本音ではなかろうか。
 何年先にどういう国にするための負担増なのかが明示されていないから説得力に欠けるのである。ものをハッキリ言う「小泉流」という、感覚的ウケに同調しているととんでもないことになる。
 「負担は重く、恩恵は薄く」消費税が上がり、保険料が上がる一方で、給与所得者減税が打ち切られ、さらに年金支給額が引き下げられるという国の政策の中で、安心して将来を託すことができるだろうか。昨年はついに戦時中を除き、統計をとって以来初めて日本の人口が減少に転じた。その要因はいろいろだが、国立社会保障・人口問題研究所の02年調査では、「将来にわたって子どもを安心して育てる環境にない」との切実な意見も聞かれる。この言葉には亡国の兆しを感じる。
 ここで政府にもう一度問いたい。
 はたして医療費はムダなのか。
 私は決してそうは思わない。
 社会保障は国の未来への保障でもある。国民の生活が保障され、初めて国の力となりうる。将来への不安があれば購買力生産性ともに低下し、景気の真の回復は見込めない。
 一方で、法人税減税等の据え置きといった、企業への厚い配慮がなされている。
 「企業が元気にならないと国際競争力が低下する」と政府は説明するが、その企業を支えているのは国民の労働力であることを忘れていないだろうか。
 この言葉は、「国民が元気にならないと国際競争力が低下する」と言い換えるべきである。その国民を元気にするのが社会保障である。
 雇用の創出という面からも医療は景気回復の足がかりになるはずである。医療には、まだまだ人でなくてはできない分野が多く残っている。同時に機械による効率化規格化も当然進める必要があり、他産業への波及効果も十分期待できる。
 医療費を節約するために、私たち医療従事者も細目についての効率化には常に努力しなくてはならない。
 住民に良質な医療を提供し、さらには健康観を育て、健康の維持増進に寄与できるよう研鑽することは医療従事者としての使命である。
 そして、その結果として医療費を節約できたなら、医療人として心から誇れるであろう。
 政府に対する我々の運動は、常にこの一点に立脚しなくてはならない。
            (群馬県保険医新聞06.1月号掲載記事)
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