そうだったのか語源⑮ −国名都市名その3 番外編−

地理的な話題の3回目であるが、今回は脈絡もなく番外編という扱い方でご紹介することをご容赦願いたい。

さて唐突であるが、日本ロマンチック街道というルートがある。

まず、ロマンチック街道について触れてみたい。

これは、ドイツのヴュルツブルクからフュッセンまでの366kmの街道のことだが、この街道沿いには、中世の街並みや城塞が点在しており、いわば観光街道である。それはともかく、独語ではRomantische Straßeと表記され、「ローマへの(巡礼の)道」と和訳されている。日本語でいう「ロマンティック」は、ロマン主義や恋愛に関係したイメージが強いが、本来の独語の「ロマンティッシュ」あるいは英語の「ロマンティック」は、「ローマの」という形容詞である。せいぜい「ローマに繋がる」くらいの意味なので、「日本ロマンチック街道」とは、四方を海に囲まれた日本においてはありえない名称なのである。

もっとも、あまり深いことを詮索せず、「日本のロマンティックな通り」くらいに捉えて楽しめばよいのかもしれない。

同様に、「日本ライン下り」もやや似た発想の命名である。

本来、ドイツを流れるライン川を下ることを「ライン下り」と言い、ライン川ではない日本の川を下るのに、「ライン下り」と呼ぶのは解せない。

実は、美濃加茂市から犬山市までの木曽川渓谷の風景がドイツのライン川に似ていることから、この渓谷に「日本ライン」と命名したため、この渓谷の川下りが「日本ライン下り」と呼ばれるようになった。

一方「日本アルプス」という名前は、19世紀にイギリスの鉱山技師が飛騨山脈をヨーロッパのアルプス山脈に因んで命名したのがその由来である。ちなみに、「アルプス一万尺 小槍の上で」という歌があるが、小槍とは日本アルプスの槍ヶ岳の隣にある岩峰のことである。

本場ヨーロッパのアルプスにモンブランという最高峰がある。仏語でMont Blanc、つまり白い山という意味だが、同じ山を南側から眺めるイタリアではモンテ・ビアンコ (Monte Bianco=イタリア語で「白い山」)とよぶ。Blancは英語のblank=空白と同義で、ワインの白もBlancという表現をする。

余談になるが、ラテン語で白を意味するalbaという言葉がある。花でも白いもの、動物でも突然変異によって色素を失ったものをアルバ系という。アルバム=albumは、古代ローマ時代に議事録として使われた白い石版がその起源とされており、その後台紙を綴ったものを総称してそう呼ぶようになった。

ゴルフ用語のアルバトロス=albatross(アホウドリ)も、ラテン語で「白い」を意味するalbusとポルトガル語で「カツオドリ」を意味するalcatraz(アラビア語ではal-qaTraas 「ウミワシ」)との合成語で、「白く大きな海鳥」といった意味合いとなる(ちなみに、alcatrazはサンフランシスコ湾内に浮かぶ刑務所の名でもある)。

閑話休題。

さて、イタリアの作曲家ヴェルディ=Verdiは緑のこと、そしてモンテヴェルディ=Monteverdiは「青い山」(日本では青山さんといったところか)、国名のモンテネグロ=Montenegroは黒い山の意。ついでに、カナダのモントリオール=Montrealは「真実の山」という意味かと思ったら、近くにモン・ロワイヤル=Mont Royal=王の山と呼ばれる小高い丘があり、これが由来になっているとのこと。

パリのモンマルトル=Montmartreは、Mont des Martyrs、つまり「殉教者の丘」がその名の由来である。

ついでにモン・サン・ミシェル=Mont Saint-Michelは聖ミシェルの山の意、モンテカルロ=Monte Carloは「シャルル3世の山」の意味である。

再びドイツ語圏の地名に触れてみたい。

メルセデス・ベンツの本社があるドイツのシュトゥットガルト=Stuttgartは、Stutengarten(Stuten=雌馬の、garten=庭)から派生したものだ。ニュアンスとして、日本語の馬事公苑に近いか。

モーツァルト生誕の地、オーストリアのザルツブルク=Salzburgはご存知に通り「塩の砦」の意で、近隣で産出される岩塩の積み出し場があり、かつて大司教がその積載量に応じた通行税を徴収し財源としていた。ちなみに、モーツァルトと大司教との軋轢は有名であり、セレナード「ポスト・ホルン」の作曲に際し、司教との決別にまつわる逸話が残っている。

ドイツ・バイエルン州に、ノイシュヴァンシュタイン城という有名な城がある。カリフォルニアのディズニーランドの「眠れる森の美女」の城のオリジナルとなったという城で、おとぎ話に出てくるような美しさと讃えられている。

ノイシュヴァンシュタインとはドイツ語でNeuschwansteinと表記し、和訳すれば「新しい白鳥の石(岩)」となる。もともとシュヴァンガウ地区(和訳すれば「白鳥地区」)にあったシュヴァンシュタイン城にちなんで名付けられた。

日本でも姫路城を白鷺城と鳥の姿に比喩するが、これは単なる偶然であろうか。

ノイシュヴァンシュタイン城は誰が見ても絵になる美しさであるが、意外にも、伝統的な石造りではなく、鉄骨組みのコンクリートおよびモルタル製で、古建築保存を目的とする世界遺産にはなっていない。美しいイメージが壊れないことを願いたい。

バイエルンで忘れてならないのは、BMWという自動車メーカー。

BMWとはBayerische Motorenwerkeの頭文字で、和訳すれば「バイエルン自動車製作所」、BMWのままのほうがイメージを損なわないようだ。

さて、前出のアルプス山脈に名峰ユングフラウ=Jungfrau(独)がある。

アイガー、メンヒとともにオーバーラント三山の一つである。

ユングフラウは独語で「若い娘」あるいは「処女」という意味だが、これは山の所有者であるインターラーケン=Interlaken(湖の間の意)にあった女子修道院の修道女がその名の由来とされている。

メンヒ=Mönchは修道士の意味だが、これは修道女に相対して名付けられた。

一方アイガー=Eigerの名は、その尖った形に由来しているとされている。

ただ、ラテン語で鋭いという意味の“アケール”(acer)が由来という説、独語で槍の意味の“ゲル”(Ger)が由来という説があり、言語学者の間でも意見が分かれている。

話は変わって、オランダという国について。

自国オランダ語ではNederland(ネーデルラント)と言われている。

俗称の「Holland(ホラント)」もよく使われるが、これはスペインの支配に対して起こした八十年戦争で重要な役割を果たしたホラント州(現在は南北2州に分かれる)の名に由来している。

通称ホラントと呼ばれていたのが、ポルトガル経由で「オラント」「オランダ」と伝わったようである。 ちなみにこの「オランダ」に近い呼称は日本だけで使われているわけではなく、他にもHolland由来の国名で呼んでいる言語もある。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

長い休み

今年のゴールデンウィークは、平成から令和に改元されることもあり、とても長い休みとなりました。

前半は肌寒い日もありましたが、その後は初夏を思わせるような気候となりました。草むしりも、しばらく続けると汗ばんできます。

医院玄関のモッコウバラも散り始め(写真左)、庭ではクレマチス(レベッカ:右)が満開になりつつあります。

5月は清々しい季節というイメージがありますが、下旬になると、梅雨の走りのような、うっとうしい陽気の日々も次第に多くなってきます。

本当に過ごしやすい時期というのは長くは続かない、毎年感じます。

そうだったのか語源⑭   −国名都市名その2 漢字表記−

前回に引き続き、国名や地名等について触れてみたい。

まず、英国、米国、独国、仏国等、漢字の略語表記されている国名について。

これらの多くは、中国語による発音を模した当て字からきている。

のちに、日本語の漢字を当てたものもある。

まずイギリスは、中国語で英吉利(yingjili)なので「英国」、アメリカは江戸時代の日本語の漢字で米利堅(メリケン)国、ちなみに中国語では美利堅(つまり略称は「米国」ではなく「美国」となる)と表記される。またちなみにであるが、イギリスという呼称の語源は、イングランドを意味するポルトガル語のInglez(イングレス)だとされている(現在でいうイングランドではなく、連合王国のUK全体を指している)。

江戸時代に交易のあったポルトガルからの又聞きの表現を今も使い続けているというのも不思議である。当然ながら、イギリス人に「イギリス」と言ったところでなんのことか全くわからないであろう。

次に、我が国とは長い付き合いのあるオランダは、オランダ語ではNederland(ネーデルラント)という。

これは「低地の国」あるいは「低地地方」を意味する普通名詞に由来する。

オランダの漢字表記は、和蘭、和蘭陀、阿蘭陀、荷蘭陀、荷蘭、尼徳蘭等と表記され、「蘭国」と略される。由来はポルトガル語表記の「Holanda」が、戦国時代にポルトガル人宣教師によってもたらされたことによる。イギリスの場合同様、当時直接交易のあったポルトガル語表記の影響を受けている。

ちなみに、当のポルトガルの「葡萄牙」という表記はかなり難解か。

ドイツは、本国ではDeutschland(ドイチラント)で、「独国」と略されるが、これは日本語漢字表記の「独逸」の略語である。

ちなみにGermany(ジャーマニー)はドイツの英語表記で、ゲルマン民族の呼称から来ている。

フランスの「仏国」は同じく日本語漢字表記「仏蘭西」の略語であり、当然ながら仏教とは無関係である。

一方、オーストラリアの日本語による漢字表記は「濠太剌利」で、漢字1文字で書くと「豪」と略され、漢字2文字の場合は通常「豪州」と表記される。

さて、国名とはやや離れるが、中東と極東といわれる地域がある。

中東は、アラビア半島からアフガニスタン、パキスタン、インド、新疆ウイグル自治区、チベット自治区、中国の青海省にかけての地域を指し、極東は日本をはじめ、極東ロシア、朝鮮半島、中国、そして東南アジアの一部を指す。

実はこれ、欧米、および経度(グリニッジ天文台を通る0度)から見た表現である。ヨーロッパを中央に表記した地図(日本が右端にあるもの)を想像すれば理解できよう。

もともとヨーロッパでは、それより東方をNear East(近東)とFar East(極東)に大まかに区分したが、19世紀に植民地支配の観点からイギリスなどにより、Middle East(中東)、つまり近東と極東の間という概念が生まれた。

ちなみに近東とは、バルカン半島からトルコ、エジプトにかけての地中海東岸域を指す(要するにかつてのオスマン帝国の領域)。

次に、中国由来の地域名に触れてみたい。

南蛮というとネギを連想する方も多いが、これは、16世紀頃から来日していたイベリア系(スペイン、ポルトガル)の人々が、ネギを好んで食したことに由来しているという。当時この人々は南蛮と呼ばれたマカオやルソンを支配していた。また彼らは香辛料も好きだったため、唐辛子を入れた漬物を南蛮漬けと呼ぶようになったとか。

その南蛮とは、中国を支配していた漢民族がつけた名前である。服を着ておらず、採取生活をしていた南方の人々を差別意識を込めそう呼んだ。

「蛮」とは「虫」を部首とし、人として扱っていない悪字である。

漢民族の中華思想(中国こそが世界の中心といった考え方)から、自らの支配下にならない民族を見下し、その国々を四夷(しい)と呼んだ。

四夷とはその位置に従い、東夷(とうい)、北狄(ほくてき)、西戎(せいじゅう)、南蛮という蔑称のことである。ちなみに日本は東夷にあたる。

いかにも中国らしい命名であるが、わが国でも江戸時代に「尊王攘夷」という言葉にあるように、敵国を上から目線で、自らを鼓舞する表現があったようだ。

さて、海洋のなかに太平洋と大西洋があるが、前者に「太」、後者に「大」が使われている。

太平洋という名称は、大航海時代にマゼランが世界一周の航海中につけたとされている。

南米最南端のマゼラン海峡を通って大西洋から太平洋に入った時、波の荒い大西洋に比べ太平洋が穏やかだったことから、ラテン語で「平和な海」を意味するEl Mare Pacificum (英語ではPacific Ocean)と名付けたため、日本語では「太平な海」の意味で太平洋と訳されたのである。

一方の大西洋はAtlantic Oceanのことだが、英語名はギリシャ神話のアトラスに由来しているが、日本語の大西洋という名前とは全く関係がない。ヨーロッパの西にある大きな海くらいの意味であろうか。

最後に、地理的なものとはあまり関係ないが(いや、少しはある)、トリビアとして「幾何学」について。

「幾何」とは如何に?と言いたいところである。我々日本人のほとんどは、「幾何」という言葉に何のイメージもわかないのではなかろうか。

「幾何学」は図形や空間を研究する数学の1分野で、ラテン語でGeometria,英語ではgeometryという。

geo-は「地」を、-metryは「測定」を意味し(長さのメートル=meterと同語源)、もともとは「土地計測学」つまりは「三角測法」を指していた。

一般的にはGeometriaの”geo”を中国語に音写(表音)したものが”幾何”であると説明されている。

しかし近年の研究では、清代に中国に滞在したイエズス会士が計量のことを”幾何”と翻訳していたようで(要するに、英語でHow many-?  How much-?といったところか)、どちらかといえばGeometriaの”metria”を中国語訳したものであるという説もある。

表音か表意か、なかなか意味深長である。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

モッコウバラ開花

今年の春は、やや気温高めです。

つい一ヶ月前には季節外れのなごり雪が降りました。

ここ前橋では積雪こそありませんでしたが、3月の雪と聞くと、それだけで交通機関の乱れを危惧し、精神的降雪被害が起こります。

さて、モッコウバラは生育旺盛で、これでもかというくらい伸びます。

特に拙院の植え込みのモッコウバラは成長甚だしく、一緒の植え込みのブナにも覆い被さり、ブナには脅威となっています。

昨年の晩秋、思い切って上に伸びようとするモッコウバラを剪定しましたが、その結果、下の枝がどんどん伸び、ご覧の通りの有様となりました。

これもなかなか風情がありませんか。

桜花繚乱

数日前までの寒の戻りから一転、ここ2、3日ポカポカ陽気が続きました。

北関東の前橋でも、桜が満開になりました。

写真は4月7日(日)、近くの桃ノ木川に架かる橋から撮ったものです。

気に入っている定点観測点です。

シルエットになっているのは赤城山。地元の方なら、左側のコブ(鍋割山)がはっきりすると、やや東からの眺めであることがわかります。

桜が散り葉桜になるとハナミズキの開花が始まり、そしてバラの季節を迎えますます。

そうだったのか語源⑬   −国名都市名その1−

今回は、国名や都市名についてエピソードを交えて触れてみたい。

まず、2016年にオリンピックが開催されたブラジルのリオデジャネイロ。

ブラジルの言語であるポルトガル語では、Rio de Janeiroと書くが、Rioは英語のriver、deはof、JaneiroはJanuary、つまり「一月の川」という意味である。この地はグアナバラ湾の入り口に位置しているが、初めてここに到着したポルトガル人はこの狭まっている湾口を川と誤認したため、発見した月にちなんでこの名前をつけたそうである。

同じく発見者により命名された国名で、これまた同じく南アメリカにあるアルゼンチンという国。

この国は、スペインに征服されたが、独立当時、リオ・デ・ラ・プラタ連合州(Provincias Unidas del Río de la Plata)と呼ばれていた。リオ・デ・ラ・プラタはスペイン語で「銀の川」を意味する。16世紀にこの地を踏んだスペインの征服者は、銀の飾りを身につけた原住民を見て、川の上流に銀の鉱脈があると信じてこの名をつけたそうである(ちなみにアルゼンチンは現在銀の産出量世界10位)。その後、スペインによる圧政を忘れるために、銀のラテン語表記の「Argentum」に、地名を示す縮小辞(-tina)をつけてArgentinaとし、日本語ではアルゼンチンと呼ぶようになった(銀の元素記号Agも同じ由来)。

ちなみにLa Plataは、首都ブエノスアイレスを流れる川の名として現在も残っている。

ラテンという言葉が出たところで、国名ではないがラテンアメリカという地域名について触れておこう。

これはアングロアメリカ(アングロサクソン系が主導権を握る国々=米国、カナダ)に対して付けられた名前で、中米から南米の国々を指す。

ラテンという言葉には「イベリア系の」という意味があり、これらの国々をかつて支配していたのが、ほぼスペインとポルトガルだったことに由来している。

さて、ラテンアメリカのコスタリカという国名。

Costa Ricaはスペイン語だが、英語ではrich coastとなり「豊かな海岸」という意味である。

ちなみに、同じラテンアメリカにエクアドル(=Ecuador)という国があるが、英語のequator、スペイン語で赤道という意味である。地図で調べると、たしかに赤道の上に位置している。equatorの(equa-)はequal=等しいと同源で、赤道は北極と南極から等距離にある線という意味である。

「海岸」に関連して、アフリカに行くとCôte d’Ivoire=コートジボアールという国がある。ある年代以上の方には、元フランス領の「象牙海岸」という名前の方が馴染み深いかもしれない。Ivoire (仏)は英語のivoryで、つまりかつての意訳がそのまま原語の仏語に戻されただけである。1986年、この国の政府が、自国名に対し、意訳による外名(第三者による特定の土地・民族の呼称のこと)の使用をやめるよう各国に要請したことによる。

Côteが出たついでに、フランス南東部の Côte d’Azur=コートダジュールは保養地として有名だが、Azur(アズュール)はフランス語で青を意味し、「紺碧海岸」と和訳される。「アズレンうがい液」という青い薬剤があるが、これも同じ語源である。

さて、今度は中東に目を向けると、ヨルダンという国がある。紛争の絶えないイスラエル、パレスチナの隣国であるが、国名はそこを流れるヨルダン川に由来している。ヨルダン川は、ヘブライ語起源の河川名で、聖書にも出てくるそうである。スペルはJordanだから、英語読みでは「ジョーダン」だ。この読み方だと、国名よりは人名を連想させる。

ヨルダンからやや北上すると、ジョージアという国があるが、この国名は最近耳にするようになった。力士の栃ノ心の出身国でもある。この国、アメリカの州名かと耳を疑いそうだが、実はかつて、ロシア語でグルジアと呼ばれていた。

英語でのスペルはGeorgiaだから、どちらの読み方もできそうである。

国連加盟国の大多数の国は、もともとこの国を英語読みのジョージアと呼んでいた。グルジアと呼んでいたのは、日本と中国、韓国と旧ソ連の国々くらいだった。2008年にロシアと武力衝突した旧グルジア政府は、翌年からロシア語由来のグルジアという呼称を変更するよう各国に要請していたが、結果として2015年以降、日本もジョージアと呼ぶようになった。国家間の関係が、国名の呼称にまで影響を及ぼすことは興味深い。

ちょっと離れて、インドネシアという国名は、「インド」に諸島を意味する接尾辞「ネシア(-nesia)」をつけたもの。

大航海時代にヨーロッパ人が主観的につけた名前で、インドの島々といった適当な意味だとか。同様に、タイ、ラオス、カンボジア等をインドシナ=Indochinaと呼ぶが、これもヨーロッパ人から見て「インド(India)と中国(China)の間」といった大雑把な命名である。

オセアニア=Oceaniaは大洋州と和訳されるが、スペルを見るとocean(オーシャン)からの命名とわかる。

一方、ユーラシア大陸のユーラシア=Eurasiaは、ヨーロッパ(Europe)とアジア(Asia)との造語である。

北に目を向けると、デンマーク領のグリーンランドという島がある。世界最大の島で、面積は日本の約6倍で、その85%は氷で覆われている。

名付け親は、ノルウェー生まれのアイスランドバイキング、エイリークという人物。

エイリークはグリーンランドに上陸するより前に、アイスランドを発見していた。 彼が命名したアイスランド(英語ではIceland)は、そのいかにも寒そうな名称故に入植希望者が現れなかった。その轍を踏まないよう、彼はこの地に入植希望者が多数現れるように、「緑の島」と名付けた。それがグリーンランドの由来であるが、それで入植者が現れるというのも何とも浅薄な気がしてならない。

ちなみにこの島の南部には緑の大地が広がっているそうである、念のため。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

 

今年も、春の訪れ

寒い寒いと訴えていたのはつい先日のことでしたが、3月になるとやはり暖冬なのでしょうか、最高気温15℃を超える日も出てきました。

左はいつものジョウビタキのオスですが、こちらに慣れてきたのでしょうか、徐々に距離を詰めても逃げないようになってきました。くちばしを大きく開けてさえずっている様子が確認できます。

中央は庭のクリスマスローズです。

シングルスポットというタイプかと思いますが、1年前に比べ、株が2倍くらいに大きくなりました。

クリスマスの名が付いていますが、関東では立春前後から咲き始めます。

うちでは、この3月中旬が真っ盛りです。

そして右はサンシュユの花です。

『春は名のみの風の寒さや」という歌詞がありますが、菜の花よりもっと先に咲く黄色の花、蝋梅やこのサンシュユはまさに、春を待つ人々に希望を与えてくれます。

日もだいぶ延びてきました。多くの植物の動きが活発になるとともに、また雑草との戦いが始まります。

そうだったのか語源⑫ -日本語よりわかりやすい外来語-

若い方はご存じないかもしれないが、舶来という言葉がある。

舶来品などという使い方をするが、今ではめっきり使われる機会が少なくなったように思う。還暦を過ぎた人間からすると心なしか寂しい。

同じように、ハイカラなどという言葉も最近は滅多に耳にしない。30歳台以下の方々にはかえって真新しく聞こえるかもしれない。

さて「舶」とは、沖にもやいして岸には着けない大きな船を意味する言葉で、のちに海を渡るような大きな船を指すようになった。「船舶」もこの意味で使われる。

高度成長期以前の日本人にとって、舶来品とは、海外から船ではるばる運ばれてきた(高級)品というイメージが、長い間コンセンサスになっていたような気がする。

さすれば、舶来という言語には、我々日本人の「列強」に対するコンプレックスが多分に含まれていたのかもしれない。

昨今の日本人は、「Made in Japan」を見て安心するところがある。誇らしいことに疑う余地はない。もはや、舶来に「高級」といった意味がなくなったため使われなくなったという側面も否定できまい。

ということは、高度経済成長期の弊害もあるが、ある意味、そこで日本人のアイデンティティを再確認できたという評価も成り立つ。

やや、いやかなり今回のテーマから外れてしまった。

閑話休題。

もともと日本語は、かなり繊細なニュアンス(すでにこういった外来語に逃げてしまっている)まで表現できる言語だった。

かつて日本人に対して海外から、コミュニケーションに伴う表情が乏しいとの指摘があった。それはひとつに、日本語という言語が素晴らしく表現力があるからではないだろうか。

例えば、我々世代の日本人が初めて覚えた英語は[This is a pen.]。

普通、「これはペンです」と和訳する。

しかし、もしかしたら「これはペンだよ」かもしれないし、「「これはペンだぜ」あるいは「これ、ペンなのよ」かもしれない。こういう微妙なニュアンスを、ジェスチャーや発声の抑揚を交えずに表現できるのが日本語の卓越した表現力と言えまいか。

また、和英辞典より英和辞典のほうが、原語に対する訳がずっと多いことでも、いかに日本がより多くの表現を持っているかを如実に物語っている。

ところが、現在では本来の日本語より外来語を使ったほうが、話者聴者双方の概念を一致させやすい場合があることも事実である。

先ほど心ならずも使ってしまった「ニュアンス」という言葉だが、「表現、感情、色彩などの微妙な意味合い、色合い」というのが日本語による解説だが、個人的には「機微」という日本語が最も近いような気がする。

しかし、現在の日本のGDPを担っている中心的な世代以降の世代(回りくどい言い回しをしているが、その辺の機微を斟酌していただければ幸甚である)では、機微よりニュアンスのほうがイメージ(また外来語である)が伝わりやすいのではなかろうか。

ことほどさように、身の回りにはそういった意味のわかりやすい、換言すればそれに相当する日本語のほうがわかりにくい言葉は枚挙にいとまがない。

あるいは、日本語を弁護するようだが、日本語だとあまりに意味が直接的で、それをオブラートで包んだような表現のほうが、意思の疎通に際し角が立たないのかもしれない。

幾つか例を挙げてみたい。

先ほど心ならずも使ってしまった「イメージ」もそうであろう。

「心の中に思い描く姿形、情景、心象」という和訳だが、「イメージ」のほうが日常生活に馴染んでいるのは、簡単、かつ短い言葉だからかもしれない。もちろん、日本語にはない「舶来」的軽快さもその要素と考えられる。

また、「フィーリング=feelingが合う」とは、直訳すれば「感覚が合う」ということだが、性格が合うとか、相性がいいといった意味合いも含まれているように思う。

そういった概念を緩く最大公約数的にまとめあげて、しかも逃げ道も塞がないようにするには、フィーリングという外来語が実に便利なのである。

コンセプト=conceptという言葉も同様な使われ方をしている。「概念、意図、構想、テーマ」といった意味だが、日常生活に定着したのはそう以前のことではない。「舶来」語を用いることによるモダンさ、あるいはアカデミックな響きが受けたのかもしれない。

しかし、「舶来」語もあまりに一般化すると、ある意味新鮮さを失うためか、また別の国の言語が使われるようになることがある。

これはお店の名前などにも言えることである。

「イメージ」を仏語で「イマージュ」と言ってみたり、「ウェディング」を同じく仏語で「マリアージュ」、英語の「エアー」を独語で「ルフト」(医学用語としてかつては頻用していた)、「ズボン」を「パンツ、ボトム(ス)」等々。

その他、外来語のほうが日本語より頻用されている言葉の例を幾つか挙げてみたい。

郵便投函箱→ポスト

自動車でどこかへ行くこと→ドライブ

周遊旅行、団体旅行→ツアー

周遊船旅行→クルーズ

制御、統制、管理、規制→コントロール

対比、対照→コントラスト

程度、水準、段階→レベル

隅、部分、区画→コーナー

首位、最高幹部→トップ

触覚、筆づかい、指使い→タッチ

訴える力、魅力→アピール

地位(の高さ)、身分(の高さ)→ステータス

主導権→イニシアチブ(イニシアティヴ)

感覚、感性→センス(既出)

要求、必要性→ニーズ

献立表→メニュー(仏)

予定表、番組表→プログラム

料理の作り方、調理法、秘伝→レシピ

やり方、技術、知識→ノウハウ

上品で落ち着いている様子→シック(仏)

衣装、服装、身なり、出で立ち→コスチューム

顔形、容貌、器量、外見→ルックス

知識階級→インテリ(インテリゲンチア)(露)

特定の分野物事を好み,関連品または関連情報の収集を積極的に行う人

→マニア(近年では「おたく」という日本語が存在感を示している)

情報媒体→メディア

新聞、雑誌の編集者、記者→ジャーナリスト

運動選手(とりわけ陸上競技)→アスリート

不調、低迷→スランプ

根源、起源、祖先→ルーツ

禁欲的な生き方→ストイック

助手、補佐→アシスタント

特に優れた品質として認知されている商品の名前や標章→ブランド

基準、基礎、土台→ベース

思想、観念、信条→イデオロギー(独)

階級制、階層制→ヒエラルキー(独)

()は起源の外国語、それ以外は英語

まだまだ枚挙にいとまがないが、エンドレスになりそうなので、このテーマについては一応のフィナーレとしたい。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

月と金星と—

はや2月、如月になりました。

私は、冬場は毎朝6時過ぎに庭に出るのですが(ちなみに夏場は5時)、まだ夜明け前、南東の空に下弦の月がはっきり見えます。

月の右上に見えるのはもちろん明けの明星、金星です。

で、そのずっと離れた右上に見える惑星が気になっていました。

位置の移動はあれ、1月上旬から見えています。

今はほんと便利ですね。例えば下のサイト。

https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2019/01-topics02.html

「月」「金星」で検索すると、すぐ「木星」が出てきます。

木星の半径は地球の約11倍、金星は地球の隣、地球よりやや小さいくらいの惑星ですから、木星が金星より小さく見えるということは、いかに遠いかということです。

でも惑星ですからね、宇宙の大きさをつくづく感じます。

ふと、「冬の星座」という歌を思い出しました。

「もの皆憩えるしじまの中に」という歌詞が口をついて出てきましたが、この歌はもともとアメリカのウィリアム・ヘイス作詞作曲の「愛しのモーリー」という曲が原曲だそうです。

大寒の風景

今は、一年で最も寒いとされている二十四節気の大寒。

もう1ヶ月も雨が降らず、カラカラ状態が続いています。地に生えている木々はどこから水分を取っているのか不思議なくらいです。

日本海側に住む方々から見れば、贅沢かもしれません。

さて、庭のバラは、もうそろそろ剪定や植え替えをする時期なのですが、まだ健気に咲いているものを見ると、もう少しそっと咲かせてあげたいような気もします。冬のバラは小ぶりなのですが花持ちが良く、1、2週間はこの状態を保っています。右奥の赤く見える花はギョリュウバイです。

右の写真は、庭によく来るジョウビタキのオスです。

以前ご紹介したメスと違い警戒心が強く、これ以上寄ると飛んで行ってしまいます。カッカッと、木を叩くような声で鳴きます。

調べてみると、ジョウビタキとは「ジョウ」と「火焚き」から成る名前で、「ジョウ」とは「尉」で銀髪を指し(オスの頭頂部から後頭部がやや白く見えるからでしょうか)、「火焚き」は鳴き声が火打石を叩く音に似ているからとか。

背景の青空が、いかにも上州の冬を象徴しているかのようです。

立春までもう少し。